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魚へんの漢字

魚へんに念の読み方はナマズ|鯰の漢字の由来、なぜ「念」なのか

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約10分
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難易度 中級

この字、読めますか?

鯰

訓
なまず
音
ネン
画数
19画
この記事の目次

寺島良安の『和漢三才図会』でナマズの項を開くと、見出しに立っている字は「鯰」ではなく「鮎」で、「なまづ」と振り仮名がついています。ぬるりとした体に長いひげのナマズを、いまは魚へんに念じる・念入りの「念」で「鯰」と書きますが、中国の本ではナマズの字は「鮎」でした。この鯰という漢字の由来について、江戸後期の学者・狩谷棭斎は、「鮎」と同じ「ねん」の音を「念」で書き表した形だと見ています。

『梅園魚品図正』の見開きいっぱいに描かれた暗い緑褐色のナマズ。口の上に長いひげが二本、下に細いひげが二本
毛利梅園が写生したナマズ。平たい頭、長い二本と細い二本のひげ、腹側から尾まで続く長いしりびれ。右下に字の見出しが縦にいくつも並ぶ。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻二・毛利梅園・天保6年序・NDL PID:1287113 コマ38・著作権保護期間満了)

「鯰」の基本データ

読み
なまず(訓)/ネン(音)
画数
19画(魚へん11画+右側8画)
形
魚へんに「念」
由来
狩谷棭斎は「猶鮎後或諧聲作鯰」。ナマズの字「鮎」を、同じ「ねん」の音の念で書いた形と見た
中国では
ナマズの字は「鮎」。ぬめりが黏るから
難易度
中級

読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9BF0)による

鯰=魚+念うおへん音「ねん」を表す

『和漢三才図会』の見出しは「鮎」

次世代デジタルライブラリーで読み取りテキストを「鯰」「なまづ」の字で引くと、寺島良安(てらじま・りょうあん)の絵入り百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』では、川や湖のうろこのない魚を集めた巻五十の、いちばん最初の項がナマズでした。コマ4です。

『和漢三才図会』巻五十コマ4の見開き。左ページの区画に、水草の間を泳ぐひげの長いナマズの絵と見出し「鮎」
『和漢三才図会』巻五十の巻頭。左ページの区画に、長いひげのナマズの絵。その下の見出しは「なまづ」と振り仮名のある「鮎」の字。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ4・著作権保護期間満了)
『和漢三才図会』の見出し「鮎(なまづ)音黏 唐音ネン」と、脇の「鮧」「鯷」「鰋」「奈末豆」「鯰 俗 魸 二字未詳」の大写し
見出しの大写し。大きく「鮎」、振り仮名「なまづ」、「音黏」「唐音ネン」。右下に別名「鮧」「鯷」「鰋」と和名「奈末豆」、左下に「鯰 俗 魸 二字未詳」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ4・著作権保護期間満了)

見出しの「鮎」は今の日本ではアユの字ですが、良安はこれに「なまづ」と振り仮名をつけ、音は「黏(ねん)」、中国の発音(唐音)は「ネン」としています。今の「鯰」は左下に小さく出てくるだけで、「鯰 俗 魸 二字未詳」と、世間で使う字という「俗」の印をつけたうえで、鯰と魸の二字はよくわからない、と片づけていました。中国でナマズが「鮎」である理由については、良安は『本草綱目』を引いています。

『和漢三才図会』コマ4の「本綱鮎大首大口其額平夷低偃」から「其涎黏滑故名鮎」までの1列と翻刻
「本綱。鮎、大首大口、其額平夷低偃〔故名鮧鰋〕。其涎黏滑〔故名鮎〕。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ4・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

本綱。鮎、大首大口、其額平夷低偃〔故名鮧鰋〕。其涎黏滑〔故名鮎〕。

現代語訳

『本草綱目』によれば、鮎(ナマズ)は頭も口も大きい。額が平たく低いので、鮧・鰋という名がある。体のぬめりがねばねばしてすべるので、鮎という名がある。

「其涎黏滑、故名鮎」、体のぬめりが黏(ねば)ってすべるので鮎という、というのがその説明で、見出しの注にあったとおり鮎の音は「黏(ねん)」です。ナマズの名は、ねばるぬめりの「黏」と同じ音で呼ばれていたことになります。

平安の辞書がすでに引いていた「鯰」

一方で、人見必大(ひとみ・ひつだい)の『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』(元禄10年=1697年刊)は、巻七のコマ151で見出しをはっきり「鯰」にしています。

『本朝食鑑』巻七コマ151の見開き。左ページの右上に「河湖無鱗」と見出し「鯰」
『本朝食鑑』巻七の見開き。左ページの頭に「河湖無鱗」、その下に見出し「鯰」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』12巻[2]・人見必大著・元禄10年・NDL PID:2557333 コマ151・著作権保護期間満了)
『本朝食鑑』コマ151の見出し「鯰 奴霑反 訓奈末須」と「釋名」の2列と翻刻
「鯰 奴霑反 訓奈末須」「釋名 魸〔漢語抄〕○源順曰、魸所出未詳。崔禹錫食經ニ云、鯰貌似鰋而大頭者也。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』12巻[2]・人見必大著・元禄10年・NDL PID:2557333 コマ151・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

鯰 奴霑反 訓奈末須釋名 魸〔漢語抄〕○源順曰、魸所出未詳。崔禹錫食經ニ云、鯰貌似鰋而大頭者也。

現代語訳

鯰。音は奴霑の反切、訓(よみ)はなます(なまず)。釈名。『漢語抄』は魸の字を使う。源順は、魸の字の出どころはわからない、と言う。崔禹錫の『食経』には、鯰は姿が鰋(えん)に似て頭が大きいものだ、とある。

名前を説く「釋名」の欄で必大が挙げるのは、平安時代の辞書『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』の編者、源順(みなもとのしたごう)でした。順によれば、『漢語抄』という本は「魸」の字を使うがその出どころはわからず、「崔禹錫食經ニ云、鯰貌似鰋而大頭者也」、崔禹錫(さい・うしゃく)の『食経』という本には、鯰は姿が鰋(えん)に似て頭が大きい、とあるというのです。

この「鰋」は、版木の小さな字だとハモの「鱧」と読みたくなりますが、あとで開く明治の活字本『箋注倭名類聚抄』で同じ文を見ると、魚へんに「匽」の「鰋」で、版木の字も右側は「豊」ではなく「匽」の形をしています。

『本朝食鑑』と『箋注倭名類聚抄』の「貌似鰋」の「鰋」の字の大写し
右が『本朝食鑑』コマ151、左が『箋注倭名類聚抄』巻八コマ26の「貌似鰋而大頭者也」の「鰋」。二冊から一字ずつ切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』12巻[2]・人見必大著・NDL PID:2557333 コマ151/『箋注倭名類聚抄』巻八・狩谷棭斎・明治16年刊・NDL PID:991791 コマ26・いずれも著作権保護期間満了)

鰋は、さきほどの『和漢三才図会』で、ナマズの見出し「鮎」の脇に別名として「鰋 音偃」と並んでいた字です。鯰はナマズの仲間の鰋に似て頭の大きい魚、と書かれていたわけで、「鯰」の字そのものは、平安の辞書がすでに引いていました。

狩谷棭斎の「猶鮎後或諧聲作鯰」

その『和名類聚抄』に、江戸後期の学者・狩谷棭斎(かりや・えきさい)が細かい注をつけたのが『箋注倭名類聚抄(せんちゅうわみょうるいじゅしょう)』で、魚の巻、巻八のコマ26に鯰の項があります。

『箋注倭名類聚抄』巻八の見出し「鯰」と「崔禹食經云鯰」、続く「奴霑反奈末豆漢語抄用魸字所出未詳」の大写し
右が見出し「鯰」と本文「崔禹食經云、鯰、」、左がその続きの注「奴霑反、奈末豆、漢語抄用魸字、所出未詳」。同じ列を二つに切って並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『箋注倭名類聚抄』巻八・狩谷棭斎・明治16年刊・NDL PID:991791 コマ26・著作権保護期間満了)

『和名類聚抄』の本文は「崔禹食經云、鯰、奴霑反、奈末豆」で、『食経』に鯰とあり、よみは「なまづ」。ここに棭斎は長い注をつけ、その途中で、字そのものについて一言書き添えています。

『箋注倭名類聚抄』の注「按鯰字」と次の列の「諸書無載」の大写し
右が「(……者也二字、)按鯰字」、左が次の列の頭「諸書無載」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『箋注倭名類聚抄』巻八・狩谷棭斎・明治16年刊・NDL PID:991791 コマ26・著作権保護期間満了)

「按鯰字諸書無載」、考えるに、鯰の字は(中国の)諸書に載っていない、と。では鯰とは何なのか、という答えは、数ページ先の「鯷魚(ていぎょ)」の項、コマ30に出てきます。

『箋注倭名類聚抄』コマ30の「題省後世諧聲鮧字」と「猶鮎後或諧聲作鯰」の大写し
右が「(鯷從)題省、後世諧聲鮧字」、左が続く「猶鮎後或諧聲作鯰」。同じ列を二つに切って並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『箋注倭名類聚抄』巻八・狩谷棭斎・明治16年刊・NDL PID:991791 コマ30・著作権保護期間満了)

「猶鮎後或諧聲作鯰」は、ちょうど鮎が後に、音を表す字を使って鯰と書かれたように、という比喩の形で書かれた一句です。「諧聲(かいせい)」は字の一部で音を表すことで、鮎の音は「ねん」、念の音も「ねん」なので、棭斎は鯰を、鮎と同じ「ねん」の音を「念」で表した書き方と見ていたことになります。同じコマ30の次の「鮠(はえ)」の項では、「然其實鮎即鯰魚」、しかし実は鮎とはすなわち鯰魚である、ともっと短く言い切っていました。

梅園は「以鮎魚訓香魚ト非也」と書き入れた

冒頭に掲げた毛利梅園の図は、天保6年(1835年)の序がある『梅園魚品図正(ばいえんぎょひんずせい)』巻二のコマ38で、ナマズの横に字がずらりと並んでいます。

『梅園魚品図正』のナマズの見出し群「本草綱目 鮧魚」「崔氏食経 鯰」「漢語抄 魸」「以鮎魚訓香魚非也」の大写し
見出しの大写し。右から「河産無鱗 本草綱目 鮧魚(ナマツ)」「文徳實録及新撰字鏡出 鮧魚(チヽブ)」「崔氏食経 鯰(ナマツ) 漢語抄 魸」「鮧魚一名鯷魚 鰋魚 鮎魚」、左端に「以鮎魚訓香魚ト非也 香魚ノ條ニ委出」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻二・毛利梅園・天保6年序・NDL PID:1287113 コマ38・著作権保護期間満了)

『本草綱目』の名は「鮧魚」、「崔氏食経」の名は「鯰」、『漢語抄』は「魸」で、さらに「鮧魚一名……鮎魚」と、鮧魚は鮎魚ともいう、と書いています。左端には「以鮎魚訓香魚ト非也」、鮎の字をアユと読むのは誤りだ、とまであって、梅園にとって「鮎」は、あくまでナマズの字でした(アユの字の話は鮎の字の記事で読んでいます)。

中国でナマズを指した「鮎」はぬめりが黏るからその名で、音は黏と同じ「ねん」。その「ねん」の音を「念」で表して書いたのが「鯰」だ、というのが棭斎の見立てで、そうだとすれば、魚へんに念の「念」は、念じる心とは関係がなく、音を表す部分だったことになります。

鯰

  • 読みは「なまず」。魚へんに念、19画
  • 中国でナマズの字は「鮎」。「其涎黏滑、故名鮎」、ぬめりが黏るから
  • 狩谷棭斎は「猶鮎後或諧聲作鯰」。鯰は鮎の書きかえと見た
  • 「念」は意味ではなく、「ねん」の音を表す部分

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ナマズと地震の話はナマズと地震で読んでいます。ほかの字は魚へんの漢字の由来の一覧へ。

この記事でわかったこと

  • 江戸後期の狩谷棭斎は『箋注倭名類聚抄』で「猶鮎後或諧聲作鯰」と書き、ナマズを指す「鮎」が、後に音を表す字を使って「鯰」と書かれたと見ています(NDL PID:991791 コマ30)。

    『和漢三才図会』は鮎の音を「黏」、唐音を「ネン」としており(NDL PID:2596382 コマ4)、「念」はその「ねん」の音を表す部分です。

  • 『和漢三才図会』はナマズの見出しを「鮎(なまづ)」とし、『本草綱目』を引いて「其涎黏滑、故名鮎」(ぬめりがねばってすべるので鮎という)と書いています(NDL PID:2596382 コマ4)。

    同書は「鯰」を「俗」の字としています。

  • 江戸の本の見方は分かれます。

    『和漢三才図会』は「鯰 俗 魸 二字未詳」とし(NDL PID:2596382 コマ4)、『本朝食鑑』は平安の『和名類聚抄』が引く崔禹錫『食経』に「鯰」の字があることを挙げています(NDL PID:2557333 コマ151)。狩谷棭斎は「按鯰字諸書無載」としたうえで、「鮎」の書きかえと見ています(NDL PID:991791 コマ26・30)。

この記事で開いた原本

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