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魚へんの漢字

魚へんに若の読み方はワカサギ|江戸の本は鰙でなく「若鷺」

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難易度 上級

この字、読めますか?

鰙

訓
わかさぎ
画数
19画
この記事の目次

魚へんに若と書く「鰙」は、ワカサギと読みます。氷に穴をあけて釣る冬の湖の小さな魚で、天ぷらやフライでおなじみですが、江戸の本を開いていくと、どの本もワカサギを魚へんに若とは書いておらず、カタカナや若鷺、阿末左幾といった別の字ばかりが出てきました。

『梅園魚譜』コマ20の見開き。大きな平たい魚の右下に、細長い小さな魚が一尾。そばに名前の書き入れ
毛利梅園の図譜の見開き。大きな魚の右下に、細長い小さな魚が描かれている。そばの書き入れは、あとで大きくして読む。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚譜』・毛利梅園・NDL PID:1286914 コマ20・著作権保護期間満了)

毛利梅園が描いたこの小さな魚のそばにも、魚へんに若の字はありません。

「鰙」の基本データ

読み
わかさぎ。「はや」の読みも登録されている
画数
19画(魚へん11画+右側8画)
形
魚へんに「若」
江戸の本は
『大和本草』はカタカナ、『本朝食鑑』は「若鷺」、『和漢三才図会』は「阿末左幾」、『物類称呼』は「和加佐幾」、梅園は「溪鰛」
明治の本は
『言海』は「若鷺」、『貿易備考』は「公魚」
別の名前
あまさぎ・さくらうお・すずめの魚・しらさぎ・ちか
難易度
上級

読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9C19)による

字の成り立ち 江戸の本に「鰙」は出てこない

鰙=魚+若うおへん若いの若

最初に開いたのは、貝原益軒(かいばら・えきけん)の『大和本草(やまとほんぞう)』(宝永6年=1709年刊)の巻十三、コマ16です。

『大和本草』巻十三コマ16の見開き。右ページの中ほどにカタカナの見出し「ワカサギ」
『大和本草』巻十三の見開き。右ページの中ほどに、カタカナの見出しが立つ。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・貝原篤信著・宝永6年刊・NDL PID:2557359 コマ16・著作権保護期間満了)
『大和本草』コマ16の見出し「ワカサギ 又名」と、三列目の「至以後味劣ル江」の大写し
右が見出し「ワカサギ 又名(アマサギ)」。左は三列目の書き出し「至以後味劣ル江(戸)」。二か所を切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・貝原篤信著・宝永6年刊・NDL PID:2557359 コマ16・著作権保護期間満了)

見出しはカタカナの「ワカサギ」で、漢字はついていません。

『大和本草』コマ16のワカサギの項4列と翻刻
「ワカサギ 又名アマサギ江河ノ中或海ニモ生スハエニ似タ リ又鰷ノ如シ長五六寸色白ク味美シ佳品ナリ冬 至以後味劣ル江戸及北土ニアリ若州三方ノ湖ニ多シ 西州ニハ未見之」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・貝原篤信著・宝永6年刊・NDL PID:2557359 コマ16・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

ワカサギ 又名アマサギ江河ノ中或海ニモ生スハエニ似タリ又鰷ノ如シ長五六寸色白ク味美シ佳品ナリ冬至以後味劣ル江戸及北土ニアリ若州三方ノ湖ニ多シ西州ニハ未見之

現代語訳

ワカサギ。またの名をアマサギ。川の中、あるいは海にもいる。ハエに似ている。またハヤのようでもある。長さは五、六寸。色は白く、味がよい。よい品である。冬至を過ぎると味が落ちる。江戸と北の国にいる。若狭の三方の湖に多い。西の国ではまだ見ない。

またの名はアマサギで、川にも海にもいて、色は白く味がよいと書いたうえで、益軒は「佳品ナリ」、よい品だとほめています。江戸と北の国にいて若狭(福井県)の三方の湖に多く、西の国ではまだ見ない、とも書いていました。

人見必大(ひとみ・ひつだい)の食物の本『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』(元禄10年=1697年刊)では、巻七のコマ148、ハエという川の小魚の項の終わりに一行だけ出てきます。

『本朝食鑑』巻七コマ148の「江東別有若鷺」と「相似非一」の大写し。若鷺の右に振り仮名「ワカサギ」
右が「江東別有若鷺」。若鷺の右に小さく「ワカサギ」と振り仮名がある。左はその続きの「(者)相似非一(種)」。一列を二つに切って並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻七・人見必大著・元禄10年刊・NDL PID:2557333 コマ148・著作権保護期間満了)

「江東別有若鷺者、相似非一種」、関東には別に若鷺というものがいて、似ているが同じ種類ではない、という一行で、字は若い鳥のサギの「若鷺」、振り仮名は「ワカサギ」です。次のコマに続く言葉は「此亦美賞之」で、これもまたうまいものとして喜ばれる、と結ばれていました。

三冊目に開いたのは、寺島良安(てらじま・りょうあん)の絵入り百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』の巻五十、コマ9です。

『和漢三才図会』巻五十コマ9の見開き。右ページに泥鰌、左ページに「鮊」の見出しと川を泳ぐ小魚の絵
『和漢三才図会』巻五十の見開き。左ページは「鮊(ひを)」、氷魚(ひお)の項。その終わりの二列に、若狭の小魚の話がある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ9・著作権保護期間満了)
『和漢三才図会』コマ9の氷魚の項の終わり2列と翻刻
「若州湖中有小魚似小鰷而細長土人呼名阿末左幾 自仲冬至初春出味甘美此亦氷魚之屬矣」(原本には送り仮名と返り点がつく)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ9・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

若州湖中有小魚似小鰷而細長土人呼名阿末左幾自仲冬至初春出味甘美此亦氷魚之屬矣

現代語訳

若狭の湖に小さな魚がいる。小さなハヤに似て細長い。土地の人は「あまさぎ」と呼ぶ。冬のなかばから春のはじめにかけて出る。味は甘くてうまい。これもまた氷魚のなかまである。

若狭の湖に小さな魚がいて、土地の人は「阿末左幾」、あまさぎと呼ぶ、と良安は書いています。ワカサギに一つの項を立てず、氷魚のなかまとして二列だけ書いたもので、字は万葉仮名でした。

『和漢三才図会』コマ9の「若州湖中有小」と「自仲冬至初春」の大写し
右が「若州湖中有小(魚)」、左が「自仲冬至初春(出)」。二列の上の部分を切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ9・著作権保護期間満了)

「自仲冬至初春出」、冬のなかばから春のはじめにかけて出るという一句は、あとで市場の話にもう一度出てきます。カタカナ、若鷺、阿末左幾と、三冊とも魚へんに若ではありませんでした。

中国では別の魚? 梅園は中国の本から「溪鰛」を当てた

中国の本と日本とで指すものが違う字はいくつもあって、鮎や鮭がその例ですが、鰙の手がかりは冒頭の絵、毛利梅園(もうり・ばいえん)の『梅園魚譜』コマ20の、小さな魚のそばの書き入れにありました。

『梅園魚譜』コマ20の書き入れ「廣西通志 溪鰛 ワカサギ」「釈名 我先 ワカサキ」の大写し
右から「廣西通志」「溪鰛 ワカサギ」「釈名 我先 ワカサキ」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚譜』・毛利梅園・NDL PID:1286914 コマ20・著作権保護期間満了)

「廣西通志」は中国の地方の記録の名前で、梅園はそこから「溪鰛」という名を引いて「ワカサギ」と仮名を振っています。溪は谷川のことで、梅園が中国の本から選んだ字も、魚へんに若ではありませんでした。

字そのものは、Unicode の Unihan Database に U+9C19 として登録されていて、日本語の読みは「わかさぎ」と「はや」です。同じデータベースは清の『康熙字典』でのこの字の位置を「1475.161」と記していますが、Unihan の決まりでは、末尾の1は、字典にその字が実際には載っておらず、並べるための仮の位置であることを表しています。今回開いた江戸と明治の本のなかで魚へんに若の字を見つけることはできず、いつ、だれが使いはじめた字なのかは確かめられていません。鮎と鮭の字のずれは鮎と鮭の記事に書きました。

各地の名前は「さくらうお」「すずめの魚」

字のかわりに江戸の本にたくさん出てくるのは土地ごとの呼び名で、越谷吾山(こしがや・ござん)が各地の方言を集めた『物類称呼(ぶつるいしょうこ)』(安永4年=1775年刊)のコマ39に、それがまとめてあります。

『物類称呼』コマ39の見開き。右ページの上の欄外に四角で囲んだ見出し、その下に「わかさぎ」の項
『物類称呼』の見開き。右ページの上、欄外の四角い枠の中に見出しがあり、その下の五列が「わかさぎ」の項。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『物類称呼』越谷吾山著・安永4年刊・NDL PID:2539349 コマ39・著作権保護期間満了)
『物類称呼』コマ39の、四角で囲んだ見出し「和加佐幾」と、本文の「わかさぎ ○駿河」「若州三方の湖中に」の大写し
右が、枠で囲んだ見出し「和加佐幾」。中が本文の書き出し「わかさぎ ○駿河(にて)」。左は三列目の「若州三方の湖中に(多く)」。三か所を切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『物類称呼』越谷吾山著・安永4年刊・NDL PID:2539349 コマ39・著作権保護期間満了)

枠の中の見出しは万葉仮名の「和加佐幾」で、本文は仮名の「わかさぎ」から書き出し、駿河では「すゞめの魚」、伯耆では「しらさぎ」、常陸では「さくらうを」、若狭では「あまさぎ」と並べています。

吾山はそのあとに「今按に、わかさぎ又あまさぎ同物也」と書き、考えるにワカサギとアマサギは同じものだとして、常陸の桜川にいる「櫻魚」というものが、江戸でいうワカサギだ、とも書いています。益軒も吾山も若狭の三方の湖を名産地にあげていて、良安の「若州湖中」もおそらく同じ湖ですから、江戸の人にとって、この魚は若狭の魚でもありました。

どんな魚か 海とつながる湖の魚

いまの資料は、北海道立総合研究機構が公開しているワカサギの解説(PDF)から拾いました。

ワカサギの基本データ

分類
サケ目キュウリウオ科
漢字
公魚、桜魚(同資料の表記)
分布
日本、沿海地方、サハリン、千島列島など
国内の原産地
石狩川、網走湖、小川原湖、八郎湖、宍道湖、霞ヶ浦など。日本海側は島根県以北、太平洋側は千葉県以北
大きさ
ふつう体長10cmくらい。地域によっては16cm
産卵の盛期
西日本で2月、東北で3月下旬〜4月上旬、北海道で4月上旬〜6月上旬
寿命
多くは満1年で成熟し、産卵して死ぬ。湖によっては2年、3年生きる

北海道立総合研究機構の公開資料による

この資料は、ワカサギが自然にいる湖や川はどれも海とつながっているか、かつてつながっていた、と説明していて、益軒の「江河ノ中、或海ニモ生ス」とよく合います。塩分や濁りに強いので各地の湖やダム湖に移されて増え、諏訪湖のワカサギは、1914年(大正3年)に茨城県の霞ヶ浦から卵を運んで放流したのが始まりだと、長野県水産試験場のワカサギの話にあります。

市場の現場から いちばん高いのは2月の1kg2,438円

東京都中央卸売市場(豊洲市場など)の令和7年(2025年)の年次統計から、1kgあたりの平均価格を拾ったのが次の表です(東京都中央卸売市場 市場統計情報・年次統計資料、「品目別・月別平均価格」)。

月

わかさぎ(1kg)

冷わかさぎ(1kg)

年間

1,550円

735円

1月

1,939円

747円

2月

2,438円

744円

3月

1,717円

741円

4月

1,128円

733円

5月

1,236円

724円

6月

1,104円

700円

7月

786円

718円

8月

1,352円

737円

9月

1,176円

720円

10月

1,118円

739円

11月

1,577円

743円

12月

2,109円

755円

生の「わかさぎ」は年間平均で1kg1,550円、冷凍の「冷わかさぎ」は735円で、半分ほどです。生は12月から2月が高く、2月の2,438円は、いちばん安い7月の786円の3倍あまりになりますが、冷凍は一年じゅう700円台でほとんど動きません。同じ統計の「主要品目別取扱高」では、一年の取扱量は生が46トン、冷凍が35トンで、淡水魚ぜんたい(1,061トン)のなかではアユ、ウナギ、ニジマスなどに続いています。

筆者が市場で見てきたこと

ワカサギは、氷やパックの生と、冷凍で入ってきます。産地は北海道が多く、青森、秋田、茨城など本州の湖のものもあり、輸入の冷凍もあって、よく似たチカとは分けて扱います。選ぶときに見るのはにおいと身のくずれ、それから体の透明感と銀色のつやです。

動くのは冬、12月から2月で、そもそも冬と春のはじめくらいしか、まともに出回らない印象があります。

この経験を公開されている数字や資料と突き合わせると、冬に値が上がることは統計のとおりで、生の平均価格は12月、1月、2月が上から三つを占めていました。300年前の良安の一句「自仲冬至初春出」も、冬のなかばから春のはじめにかけて出るという意味ですから、筆者の「冬と春のはじめくらいしか出回らない」とほとんど同じことを言っています。産地も重なっていて、北海道の資料が原産地にあげた網走湖、小川原湖(青森)、八郎湖(秋田)、霞ヶ浦(茨城)は、筆者があげた北海道と本州の湖にあたります。

チカについては、明治の本といまの市場とで扱いが違いました。

『日本重要水産動物図』解説コマ35の「わかさぎ」と「あまさぎト云ヒ北方ニテハちかト云フ」の大写し
右が項目名「わかさぎ」、左が説明の書き出し「あまさぎト云ヒ北方ニテハちかト云フ」。二か所を切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本重要水産動物図』解説・大日本水産会編・明治30年・NDL PID:1086762 コマ35・著作権保護期間満了)

明治30年(1897年)の『日本重要水産動物図』の解説は、ワカサギを「あまさぎト云ヒ、北方ニテハちかト云フ」と書いていて、チカは北でのワカサギの呼び名という扱いです。いまの北海道の資料は、ワカサギとチカを別の魚として、体の横の線の上にならぶうろこの数で見分けていて、チカは64〜69枚、ワカサギは60枚以下です。東京の統計にも「冷ちか」(年間平均642円)がワカサギとは別の品目として載っていますから、市場で分けて扱うという筆者の経験は、こちらと合います。

言葉と文化 「公魚」は将軍への献上品

いまワカサギの漢字としていちばんよく見る「公魚」は、明治の役所の本に出てきます。大蔵省記録局が各地の産物をいろは順に並べた『貿易備考(ぼうえきびこう)』(明治18年=1885年)の第1冊、コマ367の「ほしわかさぎ」の項です。

『貿易備考』コマ367の「○ほーわかさぎ(乾公魚)」「舊幕府ノ時各藩獻上時物」「燒乾公魚(常陸國麻生藩ノ獻品)」の大写し
右が項目名「○ほーわかさぎ(乾公魚)」、中が「舊幕府ノ時各藩獻上時物」、左が「燒乾公魚(常陸國麻生藩ノ獻品)アリ」。三か所を切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『貿易備考』第1冊・大蔵省記録局・明治18年・NDL PID:804422 コマ367・著作権保護期間満了)

項目名は「ほしわかさぎ」で、漢字は乾公魚と書かれ、串に連ねて焼いたものだと説明したあと、「舊幕府ノ時各藩獻上時物」、幕府の時代に各藩が季節の品として献上したもののなかに、乾公魚と焼乾公魚があったと書いています。乾公魚は陸奥の守山藩と常陸の府中藩、焼乾公魚は常陸の麻生藩で、麻生は霞ヶ浦のほとりの町です。

農林水産省のにっぽん伝統食図鑑は、公魚の字の由来を、江戸時代に麻生藩の藩主が徳川家にワカサギを献上したところたいへん喜ばれ、それからも献上が続いて「御公儀の魚」とされた、と紹介しています。『貿易備考』は字の由来までは書いていませんが、麻生藩が焼いたワカサギを献上していたことと「公魚」の字が、明治18年の同じ行に並んでいるのは確かです。

同じころの国語辞書『言海(げんかい)』(明治22〜24年刊)は、別の字を選んでいました。

『言海』コマ618の「わかさぎ(名)若鷺」の項の大写し
「わかさぎ(名)」の下に、枠で囲んだ「若鷺」。説明は「魚ノ名、形、はえニ似テ、眼、口、異ナリ…」と続く。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『言海』大槻文彦・明治22〜24年・NDL PID:992954 コマ618・著作権保護期間満了)

見出しの漢字は『本朝食鑑』と同じ「若鷺」で、説明の終わりは「春月ニ多シ、常陸ヨリ、白ク乾シタルヲ出ス」、春に多く、常陸から白く干したものが出る、となっています。役所の本は「公魚」、辞書は「若鷺」で、明治になっても魚へんに若はまだ出てきません。

食べ方 串に刺して焼く、甘く煮る

江戸と明治の本に出てくる食べ方は、干物と焼き干しです。『本朝食鑑』はハエの項で、近ごろは日に干したものと焼いて干したものがあり、どちらもうまいと書いたあとに若鷺の名をあげていて、『貿易備考』の乾公魚も、串に連ねて焼いたものでした。

いまの霞ヶ浦の名物は甘露煮で、新鮮なワカサギをそのまま、しょうゆと砂糖などで煮つけ、火が通ったら弱火にして煮汁がなくなるまで煮つめる、と農林水産省の公魚の甘露煮のページが紹介しています。身がやわらかいので、煮くずれしないようにあまり混ぜないのがこつだそうで、骨までやわらかく煮てあるので丸ごと食べられます。長野県水産試験場のページも、諏訪湖のワカサギは甘露煮やから揚げに加工される、と書いています。

鰙

  • 読みは「わかさぎ」。魚へんに若、19画
  • 今回開いた江戸と明治の本に、魚へんに若の字は出てこなかった
  • 『大和本草』はカタカナの「ワカサギ」、『本朝食鑑』は「若鷺」、『和漢三才図会』は「阿末左幾」
  • 毛利梅園は中国の本から「溪鰛」の名を当てた
  • 『物類称呼』は各地の名前を集めた。常陸では「さくらうを」、若狭では「あまさぎ」
  • 「公魚」は明治18年の『貿易備考』に出てくる。麻生藩が焼いたワカサギを幕府に献上していた
  • 『言海』の見出しは「若鷺」
  • 東京の市場のワカサギは1kg1,550円。12月から2月が高い(令和7年)

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関連する漢字

江戸の本が魚へんの字を使わなかった魚には、鱪(魚へんに暑)、𩸽(魚へんに花)、鯏(魚へんに利)があります。同じ湖や川の魚は、鮒(魚へんに付)、鮴(魚へんに休)、鯰(魚へんに念)の記事で読んでいます。ほかの字は魚へんの漢字一覧と、魚へんの漢字の由来の索引にまとめています。

この記事でわかったこと

  • 「鰙」と書いてワカサギと読みます。

    Unicode の Unihan Database(U+9C19)には、日本語の読みとして「わかさぎ」と「はや」が登録されています。19画の字です。

  • 由来を説明した文は、今回開いた江戸と明治の本には見つかりませんでした。

    『大和本草』はカタカナの「ワカサギ」(NDL PID:2557359 コマ16)、『本朝食鑑』は「若鷺」(NDL PID:2557333 コマ148)、『和漢三才図会』は「阿末左幾」(NDL PID:2596382 コマ9)と書いていて、魚へんに若の字は出てきません。

  • 農林水産省の「にっぽん伝統食図鑑」は、江戸時代に麻生藩の藩主が徳川家にワカサギを献上して喜ばれ、「御公儀の魚」とされたことに由来すると紹介しています。

    明治18年の『貿易備考』には「乾公魚」の字と、麻生藩が焼乾公魚を幕府に献上していたことが書かれています(NDL PID:804422 コマ367)。

  • 江戸の本は同じものとしています。

    『物類称呼』は「今按に、わかさぎ又あまさぎ同物也」と書き、若狭での呼び名が「あまさぎ」だとしています(NDL PID:2539349 コマ39)。『大和本草』も「ワカサギ 又名アマサギ」と書いています。

  • いまは別の魚として扱われています。

    北海道立総合研究機構の資料は、体の横の線の上にならぶうろこの数が、チカは64〜69枚、ワカサギは60枚以下だと説明しています。明治30年の『日本重要水産動物図』は、ワカサギを「北方ニテハちかト云フ」と書いていました(NDL PID:1086762 コマ35)。

  • 東京都中央卸売市場の令和7年(2025年)の年次統計では、生のワカサギの平均価格は12月から2月が高く、2月が1kg2,438円でいちばん高くなっています。

    江戸の『和漢三才図会』も、若狭のあまさぎを「自仲冬至初春出」、冬のなかばから春のはじめに出る、と書いています。

この記事で開いた原本

どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。

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