魚へんに皇の読み方はヒガイ|鰉は中国の字書にある別の魚の字
この字、読めますか?
鰉
- 訓
- ひがい
- 音
- コウ
- 画数
- 20画
この記事の目次
魚へんに皇と書く「鰉」はヒガイと読み、琵琶湖や瀬田川でとれるコイのなかまの小さな魚を指します。「明治天皇がこの魚を好んだので、魚へんに皇の字が作られた」とよく説明されますが、この字は清の時代の字書にすでに載っていて、しかも江戸時代の本は、ヒガイを漢字で書いていませんでした。明治35年に瀬田橋のたもとで「鰉」の看板を見上げた旅人も、この字が読めなかったと書き残しています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『湖中産物図証』中 巻2・藤居重啓撰・写本・NDL PID:1286794 コマ18・著作権保護期間満了)
「鰉」の基本データ
- 読み
- ひがい(訓)、コウ(音)
- 画数
- 20画(魚へん11画+右側9画)
- 形
- 魚へんに「皇」
- 中国の字書では
- 『康熙字典』に「音黃」「與鱑同」「魚名」。Unihan の字義は sturgeon(チョウザメ)
- 江戸の本は
- カタカナで「ヒガイ」。漢名は「未詳」
- 明治の辞書は
- 『言海』も『ことばの泉』も、ひらがなで「ひがひ」。鰉の字は無い
- 難易度
- 上級
読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9C09)による
字の成り立ち 中国の字書に「鰉」はある
清の時代の漢字の辞書『康熙字典(こうきじてん)』を、日本で刷りなおした和刻本で開くと、魚部のコマ25に鰉の字が立っています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『康熙字典』安永9年刊の和刻本・NDL PID:2562615 コマ25・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『康熙字典』安永9年刊の和刻本・NDL PID:2562615 コマ25・著作権保護期間満了)
見出しはたしかに魚へんに皇で、振り仮名は「クハウ」、いまの書き方ならコウです。説明は短く、「胡光切、音黃」と黄と同じ音で読むことを示し、「與鱑同」、魚へんに黄と書く「鱑」と同じ字である、としたうえで「魚名」、さらに別の字書『正字通』を引いて「鱣也」、鱣(てん)という魚のことだ、と書いています。鰉は明治の日本で新しく組み立てられた形ではなく、清の字書に音も意味もそろって載っている字で、その説明に皇帝の話は出てきません。
中国では別の魚 「鰉魚」はチョウザメ
中国の鰉がどんな魚かについては、Unicode の Unihan Database がこの字の意味を sturgeon、チョウザメとしていて、明治の日本の本にもその使い方が出てきます。藤田経信の『日本水産動物学』(明治35年)のコマ153に「ちようざめ」の見出しがあり、英語で Sturgeon と添えた説明が、次のコマ154に続いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本水産動物学』藤田経信著・明治35年・NDL PID:842740 コマ154・著作権保護期間満了)
「淸國ニ於テハ之ヲ鰉魚頭骨、又鰉魚腦ト稱シ」。
チョウザメの頭の軟骨を煮て干したものを、清国では「鰉魚頭骨」「鰉魚腦」と呼ぶ、というくだりで、同じ項には、卵の塩漬けを「かびあ」(キャビア)と呼ぶ、とも書いてあります。琵琶湖のヒガイは手のひらにのる小魚ですから、同じ字が海のむこうではまるで違う魚を指していたことになり、鮎や鮭と同じく、鰉も中国と日本とで指す魚が違う字です。
江戸の本はどう書いたか カタカナで「ヒガイ」、漢名は「未詳」
江戸時代の琵琶湖のヒガイは、湖の魚を集めた渡辺奎輔の『淡海魚譜(おうみぎょふ)』に出てきます。国立国会図書館にあるのは江戸後期の写本で、コマ24にヒガイの項があります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『淡海魚譜』渡辺奎輔著・江戸後期写・NDL PID:2538222 コマ24・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
ヒガイ漢名未タ詳ナラズ鯊魚ノ類ナリ冬春多ク取テ食用トス湖中ニ生ス形カマツカニ似テ頭口倶ニ小ク色白シ長五六寸溪澗
現代語訳
ヒガイ。漢名(中国での名前)はまだ分からない。鯊魚(カマツカ)のなかまである。冬から春に多く取って食用にする。湖の中にすむ。形はカマツカに似て、頭も口も小さく、色は白い。長さは五、六寸。谷川(にもいる)。
見出しはカタカナで「ヒガイ」、説明は「漢名未タ詳ナラズ」で始まっていて、中国での名前と字はまだ分からない、と言っています。魚の名前を中国の本の字と結びつけるのが仕事だった江戸の学者が、ヒガイには当てる字が無いと書いているわけです。続きは「冬春多ク取テ食用トス」、冬から春に多くとって食べる、という魚の説明で、次のコマ25には、「其形痩テ骨高キヲ以テ」、形がやせて骨ばっているので、土地のことわざで「瘠人ヲヒガイスト云」、やせた人のことを「ヒガイス」と言う、という土地のことばまで出てきます。
冒頭の絵は、藤居重啓がまとめた琵琶湖の産物の図譜『湖中産物図証(こちゅうさんぶつずしょう)』のもので、その説明も「ヒガイ」とカタカナで始まっています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『湖中産物図証』中 巻2・藤居重啓撰・写本・NDL PID:1286794 コマ19・著作権保護期間満了)
味については「味ヒ最美也」といちばんうまいとほめながら、終わりは「漢名未詳」で、ここでも中国の名前は分からないままでした。奥倉辰行(おくくら・たつゆき)の魚の図譜『水族四帖(すいぞくしじょう)』でも、右ページの二尾に「アブラヒガイ」「ヒガイ」とカタカナの名前があるだけで、魚へんの字はどこにもありません。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『水族四帖』春・奥倉辰行筆・写本・NDL PID:1287211 コマ30・著作権保護期間満了)
全国に読まれた本でも事情は同じで、小野蘭山(おの・らんざん)の講義をまとめた『本草綱目啓蒙(ほんぞうこうもくけいもう)』は、カマツカ(鯊魚)の項のなかで「一種江州ニテ冬春多クトリ食ニ供スルモノヲヒガイト云」と、近江で冬から春に多くとって食べるものをヒガイという、とカタカナで書いています(重訂版・NDL PID:2555647 コマ19)。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『重訂本草綱目啓蒙』小野蘭山口授・弘化4年刊・NDL PID:2555647 コマ19・著作権保護期間満了)
開いた範囲の江戸の本に、鰉の字でヒガイを書いたものはありませんでした。
明治の辞書にも「鰉」は無い
明治に入ってからの国語辞典でも、大槻文彦(おおつき・ふみひこ)の『言海(げんかい)』(明治22〜24年)のコマ501を開くと、見出しはひらがなの「ひがひ」でした。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『言海』大槻文彦編・明治22〜24年・NDL PID:992954 コマ501・著作権保護期間満了)
説明は「魚ノ名、はぜニ同ジ。(近江)」だけで、ことばに当てる漢字があれば見出しの下に示す辞書なのに、ここには漢字がひとつも出ていません。落合直文(おちあい・なおぶみ)の『ことばの泉』(明治31年序)も同じで、コマ593の「ひがひ」の項は「魚の名。はぜをいふ。近江國の方言。」、鰉の字はありません(NDL PID:862875)。明治30年ごろまでの辞書にとって、ヒガイは近江の方言で、漢字の無い魚でした。
明治天皇の話はいつから 明治35年の旅行記に「滋賀縣廳で製つた字」
鰉の字でヒガイを書いた活字を探して、国立国会図書館の全文検索で言い方を変えながら引くと、いちばん古いヒットは明治32年(1899年)の鉄道の案内書『官設鉄道案内』でした(NDL PID:761916 コマ119)。琵琶湖の魚をならべたあとに、ある魚が湖の魚のなかでいちばん味がよく値が高い、と書いた一行ですが、画像を開くと肝心の魚へんの字は活字がつぶれていて、右側が「皇」なのか「里」なのか見分けられません。機械の読み取りは鰉でも、目で確かめられないので、この本は数に入れていません。
字がはっきり読めて、由来にもふれた本は、その3年後に出てきます。中村楽天(なかむら・らくてん)が歩いて旅をした記録『徒歩旅行』(明治35年)で、瀬田橋の東のたもとで、彼は一枚の看板に出会っていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『徒歩旅行』中村楽天著・明治35年・NDL PID:762324 コマ30・著作権保護期間満了)
「宮內省御用瀨田川鰉漁獲取締所」、宮内省に納めるヒガイの漁を取りしまる所、という看板で、楽天はこの字が読めず、あとで人から聞いた話を書き足しています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『徒歩旅行』中村楽天著・明治35年・NDL PID:762324 コマ30・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
(の景である▲瀨田橋の東詰に、)宮內省御用瀨田川鰉漁獲取締所と云ふがある、鰉の字は何と訓むのであらうかと首を傾けたが、聖上の御幼時より嗜まれた「ひがい」と云ふ魚であると後で聞いた、落合直文氏も此字を讀み得ざつたさうで、落合先生が鰉を能う讀まんてふとがあろかと笑はれたゲナ、併し此字は滋賀縣廳で製つた字なんで、近江
現代語訳
瀬田橋の東のたもとに「宮内省御用瀬田川鰉漁獲取締所」というものがある。鰉の字は何と読むのだろうと首をかしげたが、天皇が幼いころから好まれた「ひがい」という魚だと、あとで聞いた。落合直文氏もこの字が読めなかったそうで、「落合先生が鰉を読めないということがあるものか」と笑われたそうだ。しかしこの字は滋賀県庁で作った字なので、近江(と山城の二か国の人のほかは、読めない人が多いだろうとのこと)。
「聖上の御幼時より嗜まれた「ひがい」と云ふ魚であると後で聞いた」と、天皇が幼いころから好まれた魚だと聞き、「落合直文氏も此字を讀み得ざつたさうで」と、落合直文も読めなかったそうだ、と続けています。さきほど開いた『ことばの泉』の著者で、その辞書の「ひがひ」に鰉の字が無かったことと、話が合います。そして「併し此字は滋賀縣廳で製つた字なんで」、この字は滋賀県庁で作った字なので、と書き、次のページで、近江と山城の人のほかは読めない人が多いだろう、としています。
明治35年には、天皇の好きな魚という話と、役所が作った字という話の二つが、もう土地の話として語られていたわけですが、これは楽天が旅先で聞いた話で、県庁が字を決めたことを示す文書は見つけられていません。
博覧会の水族館は「魚扁に皇と書く」と説明した
同じころの記録がもうひとつあって、北村源治の文集『楢の実の記』(明治45年)のなかの、目次に「四十年五月」とある東京の博覧会の見物記に出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『楢の実の記』北村源治著・明治45年・NDL PID:898589 コマ25・著作権保護期間満了)
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翻刻
水族館には、琵琶湖水にて捕獲するひがひあり、聖上の好ませ給ふにより魚扁に皇と書くと說明せり、昨第一會場の植物溫室にて見たるばなゝも甞て 聖上の嗜好物におはしますとかきけることありしが、今又本館にこのめでたき魚あるも畏しや、鰉は鱑と同字にして字典にはあれども、こゝにては無論本義を離れて、沙魚類と意味する方、實物にふさはしかるべし。
現代語訳
水族館には、琵琶湖で取ったヒガイがいる。天皇がお好みになるので魚へんに皇と書く、と説明していた。きのう第一会場の植物温室で見たバナナも、かつて天皇の好物でいらっしゃると聞いたことがあったが、いままたこの館にこのめでたい魚がいるのも畏れ多いことだ。鰉は鱑と同じ字で字典にはあるけれども、ここではもちろん本来の意味を離れて、ハゼのなかまを指すとするほうが、実物にふさわしいだろう。
「聖上の好ませ給ふにより魚扁に皇と書くと說明せり」。
いまよく聞く由来の話が会場の説明として出てくる箇所で、好むので皇と書く、と字の理由をはっきり言う記録は、見つかったなかではこれがいちばん早いものでした。本になったのは明治45年です。おもしろいのはそのあとで、北村は「鰉は鱑と同字にして字典にはあれども、こゝにては無論本義を離れて」と書いています。鰉は鱑と同じ字で字典には載っているが、ここではもとの意味を離れて使っている、というのですから、北村は『康熙字典』の説明を知っていて、新しく作った字ではないと気づいていたことになります。
役所の本も、このころには鰉の字を使っていました。農商務省水産局の『日本水産捕採誌』(明治43〜45年刊)です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本水産捕採誌』第5・農商務省水産局・明治43〜45年・NDL PID:842745 コマ16・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本水産捕採誌』第5・農商務省水産局・明治43〜45年・NDL PID:842745 コマ16・著作権保護期間満了)
見出しは「鰉釣」で、鰉には「ヒガヒ」と振り仮名がつき、本文は「鰉も亦琵琶湖の名產にして」と始まります。おなじ項のなかで漁の名前は「「ヒガイ」釣漁業」とカタカナでも書かれていて、まだ振り仮名が要る字だったことがうかがえます。
大正の本は「誰が用ひ始めたものか」「新字である」
大正の終わりになると、由来を説明する本が出てきます。『日本物産の由来』(大正15年)は、明治16年に滋賀県から献上して以来たびたび宮内省の注文があったと書き、それで次のようになった、と続けています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本物産の由来』秋鹿見二編・大正15年・NDL PID:1021006 コマ133・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
近江の琵琶の名產である。明治天皇の御嗜好あらせられた魚で、明治十六年滋賀縣より內膳職に献上以來、陛下御在世の間は屢宮內省より御用命があつたので、誰が用ひ始めたものか、魚偏に皇の字を一般に用ふる樣になつたのである。
現代語訳
近江の琵琶(湖)の名産である。明治天皇がお好みになった魚で、明治16年に滋賀県から内膳職に献上して以来、ご在世のあいだはたびたび宮内省から注文があった。それで、だれが使いはじめたものか、魚へんに皇の字を一般に使うようになったのである。
「誰が用ひ始めたものか、魚偏に皇の字を一般に用ふる樣になつたのである」。だれが使いはじめたのかは分からないと、この本は正直に書いています。同じころの地理の読みもの、北垣恭次郎の『地理文庫 日本の誇』のほうは、はっきり言い切っていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『地理文庫 日本の誇』第4巻 近畿・北垣恭次郎著・大正14〜15年・NDL PID:983138 コマ53・著作権保護期間満了)
「魚扁に皇の字を添へて作つた新字である」。
明治40年の見物人が「字典にはあれども」と書いた字を、大正の終わりの本は「新字」と書いていて、話は時代がくだるほど、すっきりした形になっていきました。原本で確かめられたことを、順にならべておきます。
年 | 本 | ヒガイの書き方 |
|---|---|---|
江戸時代 | 『淡海魚譜』『湖中産物図証』『水族四帖』『本草綱目啓蒙』 | カタカナで「ヒガイ」。漢名は「未詳」 |
明治22〜24年 | 『言海』 | ひらがなで「ひがひ」。漢字なし |
明治31年 | 『ことばの泉』 | ひらがなで「ひがひ」。漢字なし |
明治35年 | 『徒歩旅行』 | 看板に「鰉漁獲取締所」。「滋賀縣廳で製つた字」と聞く |
明治40年の見物記 | 『楢の実の記』 | 水族館が「魚扁に皇と書く」と説明。「字典にはあれども」 |
大正15年 | 『日本物産の由来』 | 「誰が用ひ始めたものか」 |
大正14〜15年 | 『地理文庫 日本の誇』 | 「作つた新字である」 |
鰉の字そのものは清の字書にもとからあり、日本でヒガイに当てたのは明治に入ってからで、活字ではっきり確かめられたのは明治35年までです。だれが、いつ、最初にこの字を選んだのかを書いた文書は、開いた範囲では見つかりませんでしたが、明治天皇が好んだから皇の字、という説明は、明治40年の博覧会の会場までさかのぼれます。
どんな魚か 二枚貝に卵をうむ、15センチほどの魚
いまの資料としては、世界の魚のデータベース FishBase の、ヒガイ(Sarcocheilichthys variegatus)のページから拾いました。
ヒガイの基本データ
- 学名
- Sarcocheilichthys variegatus (Temminck & Schlegel, 1846)
- なかま
- コイ目(FishBase の分類では Gobionidae)
- 分布
- 日本と朝鮮半島
- すみか
- 淡水
- 大きさ
- 最大で全長14.9cm
- 卵
- 二枚貝のからだの中にうみつける
FishBase による
学名の命名者はテミンクとシュレーゲルで、シーボルトの名で出された『日本動物誌(Fauna Japonica)』の魚類の巻に、この魚の図があります。
出典:Biodiversity Heritage Library/Internet Archive(Siebold, Temminck & Schlegel『Fauna Japonica』Pisces, Tab. CII・パブリックドメイン)
このときの名前は Leuciscus variegatus で、日本の本がまだカタカナで「ヒガイ」と書いていたころ、ヨーロッパではもうラテン語の名前がつけられていたことになります。卵は二枚貝のからだの中にうみつけるので、貝のいる湖や川でくらす魚です。
鰉
- 鰉の訓は「ひがい」、音は「コウ」。20画。魚へんに皇
- 『康熙字典』に「鰉」はある。「音黃」「與鱑同」「魚名」「鱣也」
- 中国の鰉魚はチョウザメ。明治35年の『日本水産動物学』に「鰉魚頭骨」
- 江戸の『淡海魚譜』『湖中産物図証』はカタカナで「ヒガイ」、漢名は「未詳」
- 明治の『言海』『ことばの泉』は「ひがひ」。鰉の字は無い
- 鰉でヒガイを書いた活字は、はっきり読めた範囲で明治35年がいちばん古い
- 明治35年の『徒歩旅行』に「滋賀縣廳で製つた字」、明治40年の見物記に「魚扁に皇と書くと說明せり」
- だれが最初にこの字を当てたのかを示す文書は、見つからなかった
UOMEDIA|uomedia.jp
この記事でわかったこと
魚へんに皇と書く「鰉」は、ヒガイと読みます。
Unicode の Unihan Database(U+9C09)には、訓の「ひがい」と音の「コウ」が登録されていて、画数は20画です。ヒガイは琵琶湖や瀬田川でとれるコイのなかまの小魚です。
鰉という字そのものは、明治より前から中国の字書にあります。
清の『康熙字典』に「胡光切、音黃」「魚名」と載っています(NDL PID:2562615 コマ25)。日本でヒガイに当てたのが明治で、明治40年の博覧会の見物記に「聖上の好ませ給ふにより魚扁に皇と書くと說明せり」とあります(NDL PID:898589 コマ25)。
江戸時代の本は、ヒガイをカタカナで書いています。
琵琶湖の魚を集めた『淡海魚譜』は見出しを「ヒガイ」とし、「漢名未タ詳ナラズ」と書きました(NDL PID:2538222 コマ24)。『湖中産物図証』も「漢名未詳」です(NDL PID:1286794 コマ19)。
中国の鰉は、チョウザメのなかまを指す字です。
Unicode の Unihan Database は字義を sturgeon とし、明治35年の『日本水産動物学』は、キャビアのとれる魚の頭の軟骨を清国で「鰉魚頭骨」と呼ぶと書いています(NDL PID:842740 コマ154)。
国立国会図書館の全文検索で見つかり、画像で字をはっきり読めた範囲では、明治35年(1902年)の旅行記『徒歩旅行』がいちばん古い活字です。
瀬田橋のたもとの看板として「宮內省御用瀨田川鰉漁獲取締所」と書いています(NDL PID:762324 コマ30)。これより古い用例が無いとは言い切れません。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 湖中産物図証.中 巻2
藤居重啓//撰
- 康煕字典42卷附字典琢屑1卷字典初學索引1卷.[40]
清凌紹〓等奉敕撰・都賀庭鐘校・附都賀庭鐘撰 安永9
- 日本水産動物学
藤田経信 著 明35.5
- 淡海魚譜
渡邉昶奎輔 著 [江戸後期]
- 水族四帖.春
〔奥倉辰行//著〕
- 重訂本草綱目啓蒙 48巻.[17]
蘭山小野先生 口授・小野職孝士徳 録・井口望之蘇仲 訂 弘化4 [1847]
- 言海 : 日本辞書.第1-4冊
大槻文彦 編 1889-1891
- ことばの泉 : 日本大辞典
落合直文 著 明31.6序
- 官設鉄道案内.東海道,北陸道
春日利兵衛 著 明32.8
- 徒歩旅行
中村楽天 (修一) 著 明35.7
- 楢の実の記
北村源治 著 明45.4
- 日本水産捕採誌.第5
明43-45
- 日本物産の由来
秋鹿見二 編 大正15
- 地理文庫日本の誇.第4巻 近畿
北垣恭次郎 著 大正14-15
ほかの記事で使った本もあわせて見るなら記事で開いた原本の一覧へ。



