魚へんに利の読み方はアサリ|江戸の学者も正しい字が分からなかった
この字、読めますか?
鯏
- 訓
- あさり・うぐい
- 画数
- 18画
この記事の目次
『和漢三才図会』はアサリの見出しを虫へんの「淺蜊」と書き、すぐ下に「正字未詳」と添えています。魚へんに利益の「利」を書く「鯏」はアサリと読む字で、味噌汁や酒蒸しでおなじみの、あの貝のことです。貝なのに魚へんというのは妙な話で、江戸の本を何冊開いても出てくるのは虫へんの蜊ばかり、魚へんの鯏が見つかったのは大正の本でした。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園介譜』毛利梅園・写本・NDL PID:1286918 コマ40・著作権保護期間満了)
大正の本はこの字を日本で作った字に数え、蜊がなまったものだろうと書いています。江戸・明治・大正の原本でその移り変わりを追い、あわせて東京の市場の統計から、いまのアサリの値段も拾いました。
「鯏」の基本データ
- 読み
- あさり・うぐい(訓)
- 画数
- 18画(魚へん11画+右側7画)
- 形
- 魚へんに「利」
- もとの字
- 蜊(虫へんに利)。江戸・明治の本は「淺蜊」と書いた
- 生まれ
- 大正の本が「国字」に数え、「蜊の訛なるべし」と書いた
- 難易度
- 上級
読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9BCF)による
江戸の本は虫へんの「蜊」で、しかも「正字未詳」
寺島良安(てらじま・りょうあん)の絵入り百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』では、貝を集めた巻四十七のコマ11にアサリが出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十七・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596380 コマ11・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十七・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596380 コマ11・著作権保護期間満了)
「淺蜊」「あさりかひ 正字未詳」。
見出しの「淺蜊」の蜊は虫へんに利で、振り仮名は「あさりかひ」、そのすぐ下の「正字未詳」は正しい字はわからないという意味です。良安は「淺蜊」と書きながら、それが正しい字だとは考えていませんでした。左下の「俗云阿左利加比」は、世間で「あさりかひ」と呼ぶ、という書き添えです。
冒頭の絵を描いた毛利梅園(もうり・ばいえん)のほうは、『梅園介譜(ばいえんかいふ)』のコマ40、絵の右上に名前を書き入れています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園介譜』毛利梅園・写本・NDL PID:1286918 コマ40・著作権保護期間満了)
「浅利貝 漢名不詳 又 蜊」。字は「浅利貝」で、中国での名前はわからず、また「蜊」とも書く、という書き入れで、蜊の横には小さく「アサリ」と振り仮名があります。良安は「正字未詳」、梅園は「漢名不詳」と、江戸の二冊はどちらも虫へんの蜊を使いながら字に自信を持っておらず、魚へんの鯏は今回開いたページに出てきませんでした。
大正の本は鯏を日本の字とした
鮎や鮭のように、中国の本と日本とで指すものが違う字がありますが、アサリの場合は明治の本もまだ虫へんで書いていました。大槻文彦(おおつき・ふみひこ)の国語辞書『言海(げんかい)』(明治22〜24年刊)のコマ76です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『言海』大槻文彦・明治22〜24年・NDL PID:992954 コマ76・著作権保護期間満了)
見出しの字は江戸の本と同じ「淺蜊」で、中国での名前としては項の終わりに「蛤仔」を挙げています。明治30年(1897年)の『日本重要水産動物図』の解説も、「あさり 蛤仔ノ字ヲ用ユ」と書いていました(NDL PID:1086762 コマ46)。
魚へんの鯏が出てくるのは、久保天随(くぼ・てんずい)の『誤り易き漢字の読み方と正しき用字法』(大正6年=1917年)で、日本で作られた字を集めた「國字」の章のコマ40に入っています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『誤り易き漢字の読み方と正しき用字法』久保天随著・大正6年・NDL PID:955903 コマ40・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
鯏 あさり、一種の貝、形、はまぐりに似て、殻の面に細かなるすぢあり。この字は蜊の訛なるべし。
現代語訳
鯏 あさり。貝の一種で、形はハマグリに似て、殻の表面に細かいすじがある。この字は、蜊(虫へんに利)がなまったものだろう。
「この字は蜊の訛なるべし」。虫へんの蜊が、いつのまにか魚へんに変わった字だろう、という見立てです。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『誤り易き漢字の読み方と正しき用字法』久保天随著・大正6年・NDL PID:955903 コマ40・著作権保護期間満了)
三年後の『文字ノいろいろ』(大正9年=1920年)のコマ196も、同じ扱いでした。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『文字ノいろいろ』松下禎二著・大正9年・NDL PID:1088367 コマ196・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『文字ノいろいろ』松下禎二著・大正9年・NDL PID:1088367 コマ196・著作権保護期間満了)
前書きの「今國字中汎用セラルルモノヲ錄セム」は、国字のうち広く使われているものを挙げよう、という意味で、その一覧の二つ目の字が「鯏 あさり。蜊ト同」です。同じ字に「うぐひ」の読みも並んでいるので、鯏は川の魚のウグイにも当てられていたことが分かります。大正の二冊は鯏を日本で作られた字に数え、虫へんの蜊と同じもの、蜊のなまったものと見ていて、貝なのに魚へんという妙な字面は、もとの字が虫へんだったことで説明されていました。
春と秋に卵を産む貝
『言海』はアサリの姿を「殼、薄ク、表ニ、細カキたてすぢアリテ、斑ハ種種ナリ、海ノ沙中ニ産ズ」と書いています。殻は薄く、表に細かい縦のすじがあって模様はさまざま、海の砂のなかにいる、ということで、梅園の絵の貝もひとつひとつ模様が違っていました。
アサリの基本データ
- 分布
- サハリンから日本、朝鮮半島、中国の沿岸
- すみか
- 潮の引く浜から水深10mほどまでの、砂や泥の底
- 成長
- 殻の長さ2cmになるまでおよそ1年(浜名湖)
- 産卵期
- 春と秋の年2回(浜名湖)
- 子ども
- 卵からかえった幼生は、2〜4週間、海中をただよってから底におりる
- 旬
- 春。身入りがよい(浜名湖)
静岡県水産・海洋技術研究所の資料による
数字は、静岡県水産・海洋技術研究所のアサリの資料で確かめました。同じ資料には漁獲量の移り変わりも載っていて、浜名湖のアサリは1982年に7,832トンあったのが2024年には0.18トンまで落ち込み、2025年は年間を通じて漁獲がまったくなかったうえ、全国でも同じように減っている、と書かれています。
殻付きのアサリは市場で1kg954円
東京都中央卸売市場(豊洲市場など)の令和7年(2025年)の年次統計から、1kgあたりの平均価格を拾いました(東京都中央卸売市場 市場統計情報・年次統計資料、「品目別・月別平均価格」)。
統計の区分 | 年間平均(1kg) | いちばん高い月 | いちばん安い月 |
|---|---|---|---|
あさり(生鮮) | 954円 | 10月 1,068円 | 6月 877円 |
むきあさり | 1,155円 | 5月 1,337円 | 8月 1,030円 |
冷むきあさり(冷凍) | 898円 | 1月 942円 | 9月 841円 |
殻のついた生のアサリは年間平均で1kg954円、量は年間1,244トン、金額は約11億8,700万円で、貝類のなかで7番目に多い品目でした(同「主要品目別取扱高」)。いちばん高い10月が1,068円、いちばん安い6月が877円なので、一年を通して大きくは動いていません。
筆者が市場で見てきたこと
市場に並ぶアサリは、輸入のものが多い。呼び名はとくに分けませんが、北海道産のアサリだけは「北海アサリ」と呼ぶことがあり、ほかとはっきり分けて扱われます。
選ぶときに見るのは、粒の大きさと重さ、そして生きのよさです。値段は一年を通してあまり変わらないものの、春から初夏は身入りがよくなる。その一方で、水温が上がると放卵が始まって生きが悪くなるので、身のよい時期は鮮度が落ちやすい時期でもあります。
この経験を公開されている数字と突き合わせると、値段があまり変わらないことは月ごとの平均が877円から1,068円のあいだに収まる統計のとおりでした。春の身入りについては静岡県の資料が「春は、漁獲されるアサリの身入りが良いことから旬とされています」と書き、産卵期が春と秋の年2回という点も放卵の話と重なります。輸入が多いことの背景には、浜名湖で1982年の7,832トンから2025年の漁獲なしまで落ちたような、国内の漁獲の落ち込みがありそうです。
「漁り貝」と深川の浜
アサリという名前について、『言海』は見出しの下に「漁リ介ノ略カ」と書いています。浜であさって採る「漁(あさ)り介(がひ)」を縮めたものか、という推量です。
江戸でアサリの採れた浜のひとつが深川で、農林水産省関東農政局の資料は、江戸時代の深川について、潮が引くと砂州が広がり、「アサリ、ハマグリやアオヤギが豊富に獲れる漁師町として有名でした」と書いています。良安が「正字未詳」と書き、梅園が「漢名不詳」と書いた貝は、字が決まらないまま江戸の浜でたくさん採られ、食べられていたわけです。
関東農政局の同じ資料は、東京の郷土料理として深川めしを紹介していて、もとは「ネギと生のアサリを味噌でさっと煮て汁ごとご飯にかけたもの」だったと言われている、とあります。さっと煮るだけなので、筆者が市場で見てきた生きのよさが、そのまま味に出る料理です。
鯏
- 読みは「あさり」。魚へんに利、18画。「うぐい」とも読む
- 江戸の『和漢三才図会』は「淺蜊」と書いて「正字未詳」
- 毛利梅園は「浅利貝 漢名不詳 又 蜊」。江戸の本は虫へん
- 大正6年の本が鯏を国字に数え、「この字は蜊の訛なるべし」
- 東京の市場で殻付きのアサリは1kg954円。一年を通して大きくは動かない(令和7年)
UOMEDIA|uomedia.jp
この記事でわかったこと
「鯏」と書いてアサリと読みます。
ウグイと読むこともあります。Unicode の Unihan Database(U+9BCF)に登録されている読みは訓の「あさり」「うぐい」で、音読みはありません。18画の字です。
大正6年(1917年)の『誤り易き漢字の読み方と正しき用字法』は、鯏を「國字」の章に入れ、「この字は蜊の訛なるべし」、虫へんの蜊がなまった字だろうと書いています(NDL PID:955903 コマ40)。大正9年の『文字ノいろいろ』も、国字の一覧に「鯏 あさり。蜊ト同」と挙げています(NDL PID:1088367 コマ196)。
『和漢三才図会』は見出しを「淺蜊」とし、「あさりかひ 正字未詳」と添えています(NDL PID:2596380 コマ11)。
毛利梅園『梅園介譜』は「浅利貝 漢名不詳 又 蜊」と書いています(NDL PID:1286918 コマ40)。どちらも虫へんの蜊で、魚へんの鯏は使っていません。
明治の『言海』はアサリの中国名に「蛤仔」を挙げ(NDL PID:992954 コマ76)、明治30年の『日本重要水産動物図』も「あさり 蛤仔ノ字ヲ用ユ」と書いています(NDL PID:1086762 コマ46)。
明治の国語辞書『言海』は、見出し「あさり」の下に「漁リ介ノ略カ」と書いています。
「漁(あさ)り介(がひ)」を縮めたものか、という推量です(NDL PID:992954 コマ76)。
東京都中央卸売市場の令和7年(2025年)の年次統計では、生鮮の「あさり」の年間平均が1kg954円、「むきあさり」が1,155円でした。
あさりの月ごとの平均は877円から1,068円のあいだで、一年を通して大きくは変わりません。
この記事で開いた原本
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- 梅園介譜
〔毛利梅園//画〕
- 和漢三才図会 : 105巻首1巻尾1巻.[33]
寺島良安尚順 編 [江戸時代]
- 言海 : 日本辞書.第1-4冊
大槻文彦 編 1889-1891
- 日本重要水産動物図.解説
大日本水産会 編 明30.10
- 誤り易き漢字の読み方と正しき用字法
久保天随 著 大正6
- 文字ノいろいろ
松下禎二 著 大正9
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