鯒(コチ)の漢字の由来|魚へんに甬は「跳ね踊る」魚
この字、読めますか?
鯒
- 訓
- こち
- 画数
- 18画
この記事の目次
毛利梅園が描いたコチは、大きな平たい頭から細くなっていく体を上から見せ、腹のふちに黄色をのぞかせた姿で、見開きいっぱいに二匹が斜めに並んでいます。コチの漢字は「鯒」で、魚へんに甬(よう)と書き、訓はこち、画数は18画です。ところが梅園がこの図の横に書きつけた字は鯒ではなく、魚へんに反のように見える、別の一字でした。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園 撰輯・天保6年序・NDL PID:1287112 コマ25・著作権保護期間満了)
書き入れは、右から『臺湾府志』という本の名を挙げて「牛尾魚」と書き、コチと読みを振ったうえで、日本の世間ではこの字を使う、と一字を添えたものです。その左には、コチの骨がのどに刺さると抜けにくいという俗説が書かれ、続けて「コチノ骨ニモ不限」、コチに限らず魚の骨がのどに立って抜けないときの手当てを書いています。描いた日は癸巳の如月と記され、「真寫」と結ばれています。
「鯒」の基本データ
- 読み
- こち(訓)。Unihan には日本語の音読みの記載がない
- 画数
- 18画(魚へん11画+甬7画)
- 形
- 魚へんに「甬」。甬は踊や桶の右側にもある形
- ほかの書き方
- 鮲(魚へんに伏)、牛尾魚(『臺湾府志』の名として梅園と『魚鑑』が挙げる)
- 『本朝食鑑』の説
- 「鯒ハ取跳踊之義」、跳ね踊る意味を取った字
- 難易度
- 上級
読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9BD2 鯒、U+752C 甬、U+9BB2 鮲)による
『本朝食鑑』は「鯒ハ取跳踊之義」
元禄10年(1697年)に出た人見必大の『本朝食鑑』は、巻八の鱗部、コマ183の左ページの終わりにコチの項を立てています。見出しは大きな「鯒」の一字で、その下に小さく「音ハ踊」、横に訓として「古知」と振ってあり、この字の音を踊と同じだとしています。甬を抱えた踊の字を音の手がかりに挙げたこの書き方が、すぐ後の釋名の説明につながります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻八・人見必大著・元禄10年刊・NDL PID:2557333 コマ183・著作権保護期間満了)
釋名には三つの字が並びます。鯒のほかに、魚へんに伏と書く鮲、そしてもう一つ、魚へんに及か反のような旁を書いた字で、この三つ目の字とその音注は、切り出して見ても字形を一つに決められませんでした。必大はこれらを「按ルニ三字皆和俗通用」、どれも日本の世間で通じて使っている字だとまとめたうえで、一字ずつ意味を割りふっています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻八・人見必大著・元禄10年刊・NDL PID:2557333 コマ183・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻八・人見必大著・元禄10年刊・NDL PID:2557333 コマ183・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
按ルニ三字皆和俗通用 鯒ハ取跳踊之義 鮲ハ取伏沈之義 □ハ取形如□歟
現代語訳
考えると、(鯒・鮲ともう一字の)三つの字は、どれも日本の世間で通じて使われている字である。鯒は跳ねて踊るという意味を取り、鮲は伏せて沈むという意味を取っている。(三つ目の字は形が何かに似ていることから取ったか、とする。□は確定できなかった字)
「鯒ハ取跳踊之義」、鯒は跳ね踊るという意味を取った字で、「鮲ハ取伏沈之義」、鮲は伏せて沈むという意味を取った字だ、というのが必大の説明です。見出しで音を踊と同じとし、ここでも跳踊の意味を取っているので、必大は甬の字を踊と結びつけて考えていたようです。伏せて沈む鮲と、跳ね踊る鯒という、向きの逆な二つの字が同じ魚に当てられていて、どちらがもとの字かには触れていません。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻八・人見必大著・元禄10年刊・NDL PID:2557333 コマ183・著作権保護期間満了)
『和漢三才図会』は「俗字」「正字未詳」
寺島良安の『和漢三才図会』は、巻四十九の江海有鱗魚の部に鯒を立てて、こちと読ませています。見出しの下には「俗字」、脇には「正字未詳」、正しい字はわからないとあり、さらに「俗云古知」と書き添えられています。見出しの上には、頭の大きな魚が一匹、線で描かれています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』中之巻・寺島良安 編・中近堂 明治18年刊・NDL PID:898161 コマ198・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』中之巻・寺島良安 編・中近堂 明治18年刊・NDL PID:898161 コマ198・著作権保護期間満了)
良安の按は、頭は大きく平たく口は広いという「頭大扁口濶」に続けて、下唇が重なり合っていて「最醜」、いちばん醜いとまで書いています。骨についても「肉中亦有硬骨」、身の中にも硬い骨があるとし、「誤咽鯁則難脫」、誤って喉に刺さると抜けにくいと注意を添えました。梅園の書き入れにあった、コチの骨がのどに刺さると抜けにくいという俗説と、同じことを言っています。
益軒の「本草不載之」と、漢名の牛尾魚
宝永6年(1709年)の貝原益軒『大和本草』巻十三では、コマ47の右ページの右端にコチの項があります。益軒はまず、この国では魚へんに反のような字を使うと書き、性はよくなく人の益にならないとしたうえで、「本草不載之」、本草の書にはこの魚が載っていない、と続けます。「其性未詳」「未知漢名」、性質もわからず漢名も知らない、というのが益軒の書いたことで、そこへ「蟾化」、ひきがえるが化けてコチになるものがまれにある、という説を一つ書き留めています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・貝原益軒・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ47・著作権保護期間満了)
益軒が知らないと書いた漢名に、『臺湾府志』の牛尾魚を当てたのが、梅園の書き入れと、天保2年(1831年)の武井周作『魚鑑』です。『魚鑑』巻の下のコマ19、右ページのこちの項は、世間で使う字としてここでも魚へんに及の形の字を挙げ、キウと振り仮名をつけたうえで、「漢名牛尾魚」と書いています。益軒の字は旁の頭に横画があって反にも見え、『魚鑑』の振り仮名は及の音なので、江戸の本に書かれた二つ目の字は、本によって形が揺れていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『魚鑑』巻の下・武井周作・天保2年刊・NDL PID:2557483 コマ19・著作権保護期間満了)
姿は「状身扁く鱗細く頭大に尾尖り」と書かれ、大きいものは一、二尺、小さいものは一寸あまり、「江都海尤多し」、江戸の海にとりわけ多いとあります。夏に洗いにすれば、鯉や鱸に次ぐ「酒媒の逸品なり」、酒の肴の逸品だと、食べ方まで書いているのが『魚鑑』らしいところです。いま鯒の字に落ち着いているコチにも、江戸のあいだは鯒、鮲、魚へんに及か反の字、牛尾魚と、少なくとも四通りの書き方があったことになります。
筆者が市場で見てきたこと
市場で見るコチは、主にマゴチです。呼び名はコチとも、マゴチとも言います。良し悪しは、活けかどうかと、身の厚みと重さで決めます。値は一年を通してあまり変わりません。
良安が「最醜」と書いた大きな頭の魚を、市場では活けかどうかと身の厚みで見ています。『魚鑑』は夏の洗いを逸品としましたが、値のほうは季節でそれほど動かない、というのが筆者の見てきたところです。
鯒
- コチの漢字は「鯒」。魚へんに甬、18画、訓はこち
- 『本朝食鑑』は音を「踊」と同じとし、「鯒ハ取跳踊之義」と説く
- 同書は鮲を「伏沈之義」とし、三つの字を「和俗通用」とまとめる
- 『和漢三才図会』は「俗字」「正字未詳」「俗云古知」
- 益軒は「本草不載之」「未知漢名」、梅園と『魚鑑』は『臺湾府志』の牛尾魚を漢名に挙げる
UOMEDIA|uomedia.jp
この記事でわかったこと
魚へんに甬の「鯒」です。
訓は「こち」、画数は18画です(Unicode の Unihan Database、U+9BD2)。江戸の本には鮲や牛尾魚という書き方も出てきます。
『本朝食鑑』は「鯒ハ取跳踊之義」、跳ね踊るという意味を取った字だと説明しています(元禄10年刊、NDL PID:2557333 コマ183)。
同じ箇所で、鮲は「伏沈之義」としています。
「こち」と読みます。
Unihan の日本語の訓は KOCHI で、日本語の音読みは載っていません。『本朝食鑑』は音を「踊」と同じとしています。
江戸の本は日本の世間で使う字として扱っています。
『和漢三才図会』は「俗字」「正字未詳」とし(NDL PID:898161 コマ198)、貝原益軒は「本草不載之」「未知漢名」と書きました(NDL PID:2557359 コマ47)。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 梅園魚品図正.巻1
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 本朝食鑑 12巻.[2]
丹岳野必大千里 著 [江戸時代]
- 和漢三才図会.中之巻
寺島良安 (尚順) 編 明18
- 大和本草 16巻附録2巻諸品図2巻.[7]
貝原篤信 宝永6 [1709]
- 魚鑑 2巻.[2]
武井周作 天保2 [1831]
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