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魚へんの漢字

魚へんに雪の読み方はタラ|鱈の漢字の由来、なぜ雪?江戸の本で三通り

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難易度 中級

この字、読めますか?

鱈

訓
たら
音
セツ
画数
22画
この記事の目次

毛利梅園が天保6年序の図譜に描いたタラには、下あごのひげや三つに分かれた背びれまで写したうえで、見出しのわきに「國俗通字 鱈 出所不詳」と書き添えてあります。冬の鍋の魚、タラを漢字で書くと魚へんに「雪」の「鱈」ですが、日本の世間で通っているこの字の出どころは分からない、と梅園はあっさり認めていたわけです。鱈の漢字の由来について、ほかの江戸の本はもう少し踏み込んでいて、冬の魚だから雪なのか、身が白いから雪なのか、理由は本によって三通りに分かれていました。

『梅園魚品図正』の見開きいっぱいに描かれた灰色のタラ。大きな口の下にひげがあり、背びれが三つ並ぶ
毛利梅園が写生したタラ。下あごのひげと、三つに分かれた背びれまで描いてある。左上の見出しに「鱈」の字と、その由来についての短い一言がある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻二・毛利梅園・天保6年序・NDL PID:1287113 コマ45・著作権保護期間満了)

「鱈」の基本データ

読み
たら(訓)/セツ(音)
画数
22画(魚へん11画+右側11画)
形
魚へんに「雪」
生まれ
『本朝食鑑』は「鱈字古書未見之、本朝所製也」。日本で作った字と見た
雪のわけ
初雪のあとにとれるから、寒さを好むから、身が雪のように白いから、の三通り
難易度
中級

読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9C48)による

鱈=魚+雪うおへん雪(ゆき)

人見必大は「初雪のあと」と推しはかった

国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで、本ごとに機械で読み取ったテキストから「鱈」や「大口魚」の字を探して、最初に行き当たったのが、人見必大(ひとみ・ひつだい)の『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』でした。元禄10年(1697年)刊の、食べものを一品ずつ解説した本で、巻八の魚の部のコマ163にタラの項があります。

『本朝食鑑』巻八コマ163の見開き。右ページの中ほどに見出し「鱈」、その下に「釋名」「集解」の囲み
『本朝食鑑』巻八の見開き。右ページの中ほどに見出し「鱈」。その下の「釋名」の囲みに字の由来、「集解」に魚の姿が書いてある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』12巻[2]・人見必大著・元禄10年・NDL PID:2557333 コマ163・著作権保護期間満了)
『本朝食鑑』コマ163の見出し「鱈 音雪 訓多良」と「釋名」の2列、「從雪歟」の列と翻刻
「鱈 音雪 訓多良」「釋名 鱈字古書未見之、本朝所製也。然於義相協。曽聞、鱈魚當冬月初雪之後必多採之。故字從雪歟」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』12巻[2]・人見必大著・元禄10年・NDL PID:2557333 コマ163・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

鱈 音雪 訓多良釋名 鱈字古書未見之、本朝所製也。然於義相協。曽聞、鱈魚當冬月初雪之後必多採之。故字從雪歟

現代語訳

鱈、音は雪、訓は多良(たら)。釈名。鱈の字は古書に見えず、本朝(日本)で作ったものである。しかし意味にはかなっている。かつて聞いたところでは、鱈は冬、初雪のあとに必ず多くとれるという。だから字は雪に従うのであろうか。

見出しは「鱈」で、「音雪」、音は雪(せつ)、「訓多良」、訓(よみ)はたら、とあり、名前の由来を説く「釋名」の欄は「鱈字古書未見之、本朝所製也」、鱈の字は古い書物に見えないので日本で作った字だ、と始まります。それでも「然於義相協」、意味にはかなっている、と必大は続けます。

『本朝食鑑』の「冬月初雪之後必多採之故」の部分の大写し
「釋名」の左の列の大写し。「(當)冬月初雪之後必多採之、故(字從雪歟)」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』12巻[2]・人見必大著・元禄10年・NDL PID:2557333 コマ163・著作権保護期間満了)

「曽聞、鱈魚當冬月初雪之後必多採之」、聞くところでは、鱈は冬、初雪のあとに必ず多くとれるので、「故字從雪歟」、だから字が雪に従うのだろうか、と結んでいます。最後の「歟(か)」が大事で、必大は言い切らず、聞いた話をもとに推しはかっているだけです。

寺島良安は寒さを好むからと言い切った

寺島良安(てらじま・りょうあん)の絵入り百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』では、川や海のうろこのある魚(江海有鱗魚)を集めた巻四十九、コマ34に、大きく口を開けたタラの絵があります。

『和漢三才図会』巻四十九コマ34の見開き。右ページ中央に大きな口を開けた魚の絵と、見出し「吴魚(たら)」
『和漢三才図会』巻四十九の見開き。右ページの中央の区画に、大きく口を開けたタラの絵。その下の見出しには「たら」と振り仮名がある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ34・著作権保護期間満了)

見出しは鱈ではなく「吴魚」で、口の下に天を書く字の脇に小さく「魚之大口者曰吴」、口の大きな魚をこう書く、とあります。その横に「鱈 俗字」「大口魚 東醫寶鑑」「俗云多羅」と並べ、鱈は世間の字、大口魚は朝鮮の医書『東医宝鑑(とういほうかん)』の名、世間ではたらと呼ぶ、と整理していて、鱈の字は見出しから外して脇に置かれています。字の理由は、良安自身の説明(按)の終わりに出てきます。

『和漢三才図会』コマ34の「北海多出之冬月采之其大者多䱊性喜寒夏月全無故俗作鱈字矣」を含む2列と翻刻
「黄帶白。皮薄肉白。鰭尾共軟。味甘淡佳。北海多出之。冬月采之。其大者多䱊。性喜寒、夏月全無。故俗作鱈字矣。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ34・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

黄帶白。皮薄肉白。鰭尾共軟。味甘淡佳。北海多出之。冬月采之。其大者多䱊。性喜寒、夏月全無。故俗作鱈字矣。

現代語訳

(うろこの色は青黄色で)白みを帯びる。皮は薄く、肉は白い。ひれも尾もやわらかい。味は甘く淡くてよい。北の海に多く出る。冬にとる。大きなものは腹に子(䱊)が多い。性質は寒さを好み、夏にはまったくいない。だから世間では鱈の字を作ったのである。

『和漢三才図会』の「性喜寒夏月全無」と「故俗作鱈字矣」の大写し
右が「性喜寒夏月全無」、左が「故俗作鱈字矣」。同じ列を二つに切って並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ34・著作権保護期間満了)

「北海多出之。冬月采之」、北の海に多く冬にとる、と書いたあと、「性喜寒、夏月全無」、寒さを好む性質で夏にはまったくいないので、「故俗作鱈字矣」、だから世間は鱈の字を作ったのだ、と結んでいます。雪の季節の魚だからという理由は必大の初雪の話に近いのですが、良安は「歟」をつけずに言い切りました。

おもしろいのは、『本朝食鑑』のコマ163の見開きを左ページまで読み進めると、タラの項の続きに「自九十月至二三月有之。夏月全無。性喜寒而不喜暖」とあることで、九、十月から二、三月までいて夏にはまったくおらず、寒さを好み暖かさを好まない、と必大も書いていたのです。

『本朝食鑑』コマ163左ページの「夏月」と「全無性喜寒而不喜暖」の大写し
右が列の終わりの「夏月」、左が次の列の頭「全無性喜寒而不喜暖」。続けて読むと「夏月全無。性喜寒而不喜暖」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』12巻[2]・人見必大著・元禄10年・NDL PID:2557333 コマ163・著作権保護期間満了)

良安が字の理由に使った「夏月全無」「性喜寒」と同じ言葉が、必大の本にもすでにあったことになります。それでも必大はそれを字の話には結びつけず、字の理由としては初雪のほうを、聞いた話として挙げていました。同じことを知っていても、字の理由として何を選ぶかは人によって違ったわけです。

栗本丹洲は身の白さを挙げた

江戸後期の博物家、栗本丹洲(くりもと・たんしゅう)の魚の図譜『栗氏魚譜(りっしぎょふ)』巻十四のコマ36には、見開きにまたがるタラの大きな図があり、右に大きな目の頭、左に胴と尾が描かれ、左上に書き入れがあります。

『栗氏魚譜』巻十四コマ36の見開き。右ページにタラの頭、左ページに胴と尾。頭には大きな目
『栗氏魚譜』のタラ。見開きにまたがって、右に大きな目の頭、左に胴と尾。左上に書き入れがある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『栗氏魚譜』第8冊 巻14・栗本丹洲著・写本・NDL PID:1287426 コマ36・著作権保護期間満了)
『栗氏魚譜』コマ36の書き入れ「吴魚 一名大口魚 和名タラ」から「故ニ鱈ノ字ヲ用ユ」までと翻刻
「吴魚 一名大口魚 和名タラ。此名出東医宝鑑中。今倭俗用鱈字。此所図者仙台産。称生鱈者。肉色潔白如雪。故ニ鱈ノ字ヲ用ユ。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『栗氏魚譜』第8冊 巻14・栗本丹洲著・写本・NDL PID:1287426 コマ36・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

吴魚 一名大口魚 和名タラ此名出東医宝鑑中。今倭俗用鱈字。此所図者仙台産。称生鱈者。肉色潔白如雪。故ニ鱈ノ字ヲ用ユ。

現代語訳

吴魚。またの名を大口魚、和名はタラ。この名は『東医宝鑑』に出ている。いま日本では俗に鱈の字を用いる。ここに描いたのは仙台の産で、生鱈と呼ぶもの。肉の色が雪のように白い。だから鱈の字を用いるのである。

丹洲も見出しは「吴魚」で、名前は『東医宝鑑』から取ったと書き、「今倭俗用鱈字」、いま日本では俗に鱈の字を使う、と続けます。描いたのは仙台の産で生鱈と呼ぶもので、そのあとに理由が来ます。

『栗氏魚譜』の書き入れ「肉色潔白如雪」と「故ニ鱈ノ字ヲ用ユ」の大写し
右が「肉色潔白如雪」、左が「故ニ鱈ノ字ヲ用ユ」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『栗氏魚譜』第8冊 巻14・栗本丹洲著・写本・NDL PID:1287426 コマ36・著作権保護期間満了)

「肉色潔白如雪。故ニ鱈ノ字ヲ用ユ」。身の色が雪のように白いから鱈の字を使う、というので、丹洲が挙げた理由は季節ではなく色でした。同じ魚へんに雪の字でも、必大と良安が冬という季節を見ていたのに対して、丹洲は身の色を見ていたことになります。

字を立てなかった益軒と、分からないと書いた梅園

三人とは違う態度をとった人もいます。貝原益軒(かいばら・えきけん)の『大和本草(やまとほんぞう)』(宝永6年=1709年刊)は、魚の巻、巻十三のコマ23のタラの項で、見出しに鱈の字を使っていません。

『大和本草』巻十三コマ23の見出し「夻魚」から「寒國ニ生ス冬春多ク捕ル」までの4列と翻刻
「夻魚 東醫寶鑑曰、夻魚俗名大口魚。性平味鹹無毒。食之補氣。腸與脂味尤佳。生東北海。○今案大口魚ハ北土ノ海ニ多シ。南海ニハ生セス。西州ニハ北海ニモ生セス。朝鮮甚多シ。寒國ニ生ス。冬春多ク捕ル」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ23・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

夻魚 東醫寶鑑曰、夻魚俗名大口魚。性平味鹹無毒。食之補氣。腸與脂味尤佳。生東北海。○今案大口魚ハ北土ノ海ニ多シ。南海ニハ生セス。西州ニハ北海ニモ生セス。朝鮮甚多シ。寒國ニ生ス。冬春多ク捕ル

現代語訳

夻魚(タラ)。『東医宝鑑』によれば、夻魚は俗に大口魚という。性は平、味は鹹(しおからい)、毒はない。食べると気を補う。腸と脂の味がことによい。東北の海に生まれる。いま考えるに、大口魚は北の国の海に多い。南の海にはいない。西国では北の海にもいない。朝鮮にはたいへん多い。寒い国に生まれ、冬と春に多くとる。

見出しは大の下に口を書く「夻魚」で、振り仮名はタラ、『東医宝鑑』の名前をそのまま見出しにしています。益軒も「寒國ニ生ス。冬春多ク捕ル」と、寒い国の魚で冬と春に多くとると書いていますが、それでも鱈の字は使いません。この本の凡例で益軒は、鱈を、世間が正しい字を知らずに作った「倭字」の例に挙げていました(魚へんの国字の記事で読んでいます)。

冒頭の毛利梅園(もうり・ばいえん)の図は、天保6年(1835年)の序がある『梅園魚品図正(ばいえんぎょひんずせい)』巻二のコマ45で、見出しを大きくすると、二列に書き分けてあるのが分かります。

『梅園魚品図正』の見出し「東醫寶鑑 吴魚 タラ 俗名大口魚」と「國俗通字 鱈 タラ 出所不詳」の大写し
見出しの大写し。右の列が「東醫寶鑑 吴魚(タラ) 俗名大口魚」、左の列が「國俗通字 鱈(タラ) 出所不詳」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻二・毛利梅園・天保6年序・NDL PID:1287113 コマ45・著作権保護期間満了)

右の列は「東醫寶鑑 吴魚 俗名大口魚」、左の列は「國俗通字 鱈 出所不詳」で、中国や朝鮮の本にある名前と日本の世間の字を左右に並べ、世間の字のほうには出どころが分からないとだけ書いて、理由には触れていません。

江戸の本は、鱈を日本の世間の字と見る点ではそろっていて、雪の理由になると、初雪のあとにとれるから、寒さを好むから、身が白いから、と三通りに分かれ、梅園は出どころ不詳と書きました。どれが本当の由来なのかを決める記録は、今回開いた本の中にはなく、元禄から天保までの百年あまり、江戸の学者たちは今の私たちと同じ問いを立てて、それぞれに違う答えを書いていました。

鱈

  • 読みは「たら」。魚へんに雪、22画
  • 『本朝食鑑』は「本朝所製也」。日本で作った字と見た
  • 雪の理由は三通り。初雪のあとにとれる、寒さを好む、身が雪のように白い
  • 毛利梅園は「國俗通字 鱈 出所不詳」と書いた

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鱈の字が「たらふく」に当てられた話は「たらふく」の語源で読んでいます。ほかの字は魚へんの漢字の由来の一覧へ。

この記事でわかったこと

  • 江戸の本は理由を三通りに書いています。

    『本朝食鑑』(1697年)は「冬月初雪之後必多採之。故字從雪歟」と初雪のあとに多くとれるからかと推しはかり(NDL PID:2557333 コマ163)、『和漢三才図会』は「性喜寒、夏月全無。故俗作鱈字矣」と寒さを好み夏にいないから(NDL PID:2596381 コマ34)、栗本丹洲『栗氏魚譜』は「肉色潔白如雪。故ニ鱈ノ字ヲ用ユ」と身が雪のように白いから(NDL PID:1287426 コマ36)としています。

  • 江戸の本はそう見ています。

    『本朝食鑑』は「鱈字古書未見之、本朝所製也」(NDL PID:2557333 コマ163)、『和漢三才図会』は鱈を「俗字」とし(NDL PID:2596381 コマ34)、毛利梅園は「國俗通字 鱈 出所不詳」と書いています(NDL PID:1287113 コマ45)。

  • 本によって違います。

    『大和本草』は「夻魚」(NDL PID:2557359 コマ23)、『和漢三才図会』と『栗氏魚譜』は「吴魚」を見出しにし(NDL PID:2596381 コマ34、PID:1287426 コマ36)、どれも朝鮮の医書『東医宝鑑』の「大口魚」の名を挙げています。『本朝食鑑』は見出しに「鱈」を使っています(NDL PID:2557333 コマ163)。

この記事で開いた原本

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