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魚へんの漢字

魚へんに里の読み方はコイ|鯉の漢字の由来は「十の字の鱗」

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難易度 初級

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鯉

訓
こい
音
リ
画数
18画
この記事の目次

中国・明の李時珍(りじちん)がまとめた薬の百科事典『本草綱目(ほんぞうこうもく)』は、コイの名を鱗の模様で説明していました。コイを漢字で書くと「鯉」、魚へんに「里」で、池や川の身近な魚だから里、と覚えている人もいるかもしれませんが、江戸の学者がこの字の由来を探すときにまず開いたこの本は、ふるさとの話を一行もしていません。

『梅園魚品図正』のコイの彩色図。見開きいっぱいに描かれた一匹のコイ
毛利梅園が見開き2ページを使って描いたコイ。鱗の一枚一枚まで描き込まれている。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』・毛利梅園・NDL PID:1287112 コマ6・著作権保護期間満了)

上の絵は毛利梅園の図譜のコイで、鱗の一枚一枚まで描き込まれています。その鱗に何が見えるとされていたのかは、『本草綱目』の、承応2年(1653年)に日本で彫り直された和刻本の巻四十四に書いてありました。国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで本文の読み取りテキストを「鯉」で引くと、コマ54、うろこのある魚の部のいちばん最初に見出しが立っています。

「鯉」の基本データ

読み
こい(訓)/リ(音)
画数
18画(魚へん11画+右側7画)
形
魚へんに「里」
由来
『本草綱目』は「鯉鱗有十字文理、故名鯉」。鱗に十の字の模様があるから
里の役目
『和漢三才図会』と『和名抄』は「里」を字の音として書く
難易度
初級

読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9BC9)による

鯉=魚+里うおへん字の音は「里」
『本草綱目』承応2年刊本 巻四十四コマ54の見開き。左ページに巻頭「本草綱目鱗部第四十四巻」と見出し「鯉魚」、右ページにエビやクラゲの図
『本草綱目』巻四十四の見開き。右ページは魚の部の図の最後の丁で、海蛇(クラゲ)・海馬・鰕・海鰕(イセエビ)などの図。左ページから本文が始まり、「鱗之三 魚類」の最初の見出しが「鯉魚」。上の余白には朱で「俗称古伊是也」(世間でコイと呼ぶのがこれだ)。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ54・著作権保護期間満了)

魚の部の筆頭が鯉で、その下に名前の由来を説く「釈名」の欄が続きます。

鱗に十の字の模様がある

『本草綱目』巻四十四コマ54の見出し「鯉魚」と釈名の2列と翻刻
「鯉魚(コイ) 本經上品/釋名 時珍曰、鯉鱗有十字文理、故名鯉。雖困死、鱗……」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ54・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

鯉魚(コイ) 本經上品釋名 時珍曰、鯉鱗有十字文理、故名鯉。雖困死、鱗

現代語訳

鯉魚(コイ)。【名前】李時珍いわく、鯉の鱗には「十」の字の模様(文理)がある。だから鯉と名づけた。弱って死んでも、鱗は……

「時珍曰、鯉鱗有十字文理、故名鯉」。李時珍は、鯉の鱗には「十」の字の模様があるので鯉と名づけた、と書いています。

『本草綱目』コマ54の「時珍曰鯉鱗有十字文理故名鯉」の大写し
釈名の一列の大写し。「(時珍曰)鯉鱗有十字文理、故名鯉」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ54・著作権保護期間満了)

魚へんの右側の「里」を、李時珍は「ふるさと」でも「身近」でもなく、鱗の模様で説明していたことになります。ただ、十の字の模様がなぜ「里」の字になるのかまでは、ここには書かれていません。同じ項の「集解」の欄には、もう一つ鯉の鱗の話があり、「其脇鱗一道、從頭至尾、無大小、皆三十六鱗」、脇の鱗の一筋は頭から尾まで、大きい鯉でも小さい鯉でもみな三十六枚である、と言っています。

寺島良安は「六六陰數」とまとめた

寺島良安(てらじま・りょうあん)の絵入り百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』は、巻四十八「河湖有鱗魚」(川と湖のうろこのある魚)を、鯉から始めています。

『和漢三才図会』巻四十八コマ5の見開き。左ページに巻頭と鯉の絵、見出し「鯉」
『和漢三才図会』巻四十八の巻頭。左ページに水草の間を泳ぐ鯉の絵と、見出し「鯉(こひ)」。右ページは目録の続きで、次の巻四十九「江海有鱗魚」の魚の名が並ぶ。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十八・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ5・著作権保護期間満了)
『和漢三才図会』の見出し「鯉(こひ)音里」と本文「十字文理故名鯉」の大写し
右が見出しの大写し。大きく「鯉」、振り仮名「こひ」、その下に「音里」。左が本文の一列「十字文理、故名鯉。雖困(死)」。二か所を切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十八・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ5・著作権保護期間満了)

見出しは「鯉」で読みは「こひ」、その下の「音里」は、字の音が「里」と同じだという注です。本文は『本草綱目』を引いて書かれています。

『和漢三才図会』巻四十八コマ5の「本草綱目云、鯉爲魚品上、而陰魚。故有六六陰數……鱗有十字文理、故名鯉」の3列と翻刻
「本草綱目云、鯉爲魚品上、而陰魚。故有六六陰數、而其脇一道從頭至尾、無大小、皆三十六鱗。每鱗有小黒點。鱗有十字文理、故名鯉。雖困死、鱗不反白。能神變、至飛越江湖。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十八・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ5・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

本草綱目云、鯉爲魚品上、而陰魚。故有六六陰數、而其脇一道從頭至尾、無大小、皆三十六鱗。每鱗有小黒點。鱗有十字文理、故名鯉。雖困死、鱗不反白。能神變、至飛越江湖。

現代語訳

『本草綱目』にいう。鯉は魚の品の上等のものだが、陰の魚である。だから六かける六の陰の数をもつ。その脇の一筋は、頭から尾まで、大きさにかかわらずみな三十六枚の鱗である。鱗ごとに小さな黒い点がある。鱗に「十」の字の模様があるので、鯉と名づけた。弱って死んでも鱗は白く反り返らない。よく神のように姿を変え、川や湖を飛び越えるほどである。

「鯉爲魚品上、而陰魚」、鯉は魚の品の上等のものだが陰の魚で、「故有六六陰數」、だから六かける六の陰の数をもち、脇の鱗は頭から尾までみな三十六枚だ、と続けたうえで、「鱗有十字文理、故名鯉」と名の由来を置いています。さらに「雖困死、鱗不反白」、弱って死んでも鱗は白く反り返らず、「能神變、至飛越江湖」、姿を変えて川や湖を飛び越えるほどだ、とも書いています(鯉が姿を変える話は鯉の滝登りの記事でも追っています)。

ここで『本草綱目』のコマ54に戻って読み比べると、良安が「本草綱目云」として一続きに書いた文は、原本では一人の言葉ではありません。鯉の項は欄ごとに「時珍曰」「頌曰」「弘景曰」と、誰の説かを名前つきで並べていて、鱗の十の字の模様は「釈名」の「時珍曰」、脇の鱗が三十六枚で鱗ごとに黒い点があり食品の上味だというのは「集解」の「頌曰」、姿を変えて川や湖を飛び越えるというのは「集解」の「弘景曰」です。

しかも「六六陰數」という言葉は、鯉の項を名前の由来から「気味」の欄まで(コマ54と56)読んでも見当たりませんでした。いちばん近いのは「気味」の欄の割注の一文です。

『本草綱目』コマ54「気味」の欄の「宗奭曰鯉至陰之物其鱗三十六」の大写し
「気味」の欄の割注の大写し。右が「宗奭曰、鯉至」、左がその続き「陰之物、其鱗三十六」。二列を切り出して読む順に並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ54・著作権保護期間満了)

「宗奭曰、鯉至陰之物、其鱗三十六」、宗奭いわく、鯉はきわめて陰の性質のもので、その鱗は三十六、とあります。良安は、別々の人が書いた「上味」「至陰」「三十六鱗」「十字文理」「神變」を一つの文につなぎ、三十六を「六六陰數」と言い直して書いていたわけで、百科事典の一行の裏に、少なくとも四人の言葉が畳み込まれていました。

平安時代の辞書でも、音は「里」

平安時代に源順(みなもとのしたごう)がまとめた辞書『和名抄(わみょうしょう)』でも、鯉の字の音は「里」とされています。開いたのは、江戸後期の考証学者・狩谷棭斎(かりや・えきさい)が注をつけた『箋注倭名類聚抄』(明治16年刊)の巻八、コマ23です。

『箋注倭名類聚抄』巻八コマ23の見出し「鯉魚」と「七卷食經云、鯉魚(上音里、古比)」の翻刻
「鯉魚 七卷食經云、鯉魚(上音里、古比)」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『箋注倭名類聚抄』巻第8・狩谷棭斎著・明治16年・NDL PID:991791 コマ23・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

鯉魚七卷食經云、鯉魚(上音里、古比)

現代語訳

鯉魚。『七巻食経』にいう、鯉魚(上の字の音は「里」、和名は「こひ」)。

「七卷食經云、鯉魚(上音里、古比)」とあり、『七巻食経』にいう鯉魚の、上の字(鯉)の音は「里」で、和名は「こひ」です。棭斎はこの項の注で、中国の『酉陽雑俎』から「鯉背中鱗一道、毎鱗有小黒點、大小皆三十六鱗」も引いているので、鱗の数の話は、平安時代の辞書に注釈がつけられた時点で、すでに鯉の説明についてまわっていたことになります(三十六枚の鱗の話と、それを確かめた江戸の図譜の話は江戸の魚図鑑はどこまで正確かの記事で読んでいます)。

十と里のあいだ

1653年の和刻本で江戸の学者が読んだ『本草綱目』は、魚へんの右側を、鱗に十の字の模様があることで説明していました。一方で「里」は、平安時代の辞書から江戸の百科事典まで、一貫してこの字の音として書かれています。由来の説明と音の注記がそれぞれ別の本の別の欄にあって、二つをつなぐ一文、つまり十の字の模様がなぜ「里」の形になるのかは、今回開いた原本のどこにもありませんでした。

鯉

  • 読みは「こい」。魚へんに里、18画
  • 『本草綱目』は「鯉鱗有十字文理、故名鯉」。鱗の十の字の模様から
  • 「里」は、平安時代の辞書から江戸の百科事典まで字の音として書かれている
  • 十の字がなぜ里の形になるのかは、開いた原本には書かれていない

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ほかの魚へんの字は魚へんの漢字の由来の一覧にまとめています。

この記事でわかったこと

  • 『本草綱目』は「時珍曰、鯉鱗有十字文理、故名鯉」、鯉の鱗には十の字の模様があるので鯉と名づけた、と書いています(承応2年刊本・NDL PID:2556596 コマ54)。

    寺島良安『和漢三才図会』も「本草綱目云」として「鱗有十字文理、故名鯉」と書いています(NDL PID:2596381 コマ5)。

  • 今回開いた江戸の原本は、「里」を字の音として書いています。

    『和漢三才図会』は見出し「鯉」に「音里」と注し(NDL PID:2596381 コマ5)、平安時代の『和名抄』も「鯉魚(上音里、古比)」としています(『箋注倭名類聚抄』巻8・NDL PID:991791 コマ23)。十の字の模様とどう結びつくのかは書かれていません。

  • 江戸の本が引く中国の本の説です。

    『本草綱目』は「集解」の欄に「頌曰」として、脇の鱗の一筋が「皆三十六鱗」と載せています(NDL PID:2556596 コマ54)。寺島良安はこれを「気味」の欄の「鯉至陰之物」と合わせて「六六陰數」、六かける六の陰の数だとしています(NDL PID:2596381 コマ5)。

この記事で開いた原本

どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。

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