魚へんに曼の読み方はウナギ|鰻の漢字の由来は「影で子を生む」
この字、読めますか?
鰻
- 訓
- うなぎ
- 音
- バン・マン
- 画数
- 22画
この記事の目次
毛利梅園の図譜でウナギの見出しになっているのは、「鰻」一字ではなく「鰻鱺魚(まんれいぎょ)」の三字です。ウナギの漢字は魚へんに「曼(まん)」と書く「鰻」ですが、中国の本ではウナギは二字で呼ばれていて、この字の由来も、その二字の名前のほうに書かれていました。曼はふだんほとんど見かけない字で、それがなぜウナギなのかについて、江戸の学者が読んだ本には、今の私たちが想像しないような話が載っています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園・天保6年序・NDL PID:1287112 コマ27・著作権保護期間満了)
「鰻」の基本データ
- 読み
- うなぎ(訓)/バン・マン(音)
- 画数
- 22画(魚へん11画+右側11画)
- 形
- 魚へんに「曼」
- 由来
- 『本草綱目』は趙辟公『雑録』を引き、雌がなく「以影漫於鱧魚」、影を鱧にかけて子を生む魚だから鰻鱺という、と書いた
- 平安の辞書
- ウナギの古名「むなぎ」の字は「鱣」。鰻鱺はサンショウウオの名で読まれた
- 難易度
- 初級
読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9C3B)による
『本草綱目』の「鰻鱺魚」の項
江戸の学者がまず開いたのは、中国・明の李時珍(りじちん)がまとめた薬の百科事典『本草綱目(ほんぞうこうもく)』でした。国立国会図書館で公開されているのは承応2年(1653年)に日本で彫り直された和刻本で、魚の巻にあたる巻四十四(鱗部)の本文テキストを次世代デジタルライブラリーで「鰻鱺」と引くと、コマ80に見出しが出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ80・著作権保護期間満了)
見出しの振り仮名は「ウナギ」です。名前の由来を説く「釈名」の欄を読んでいくと、李時珍はまず読み方の話から入り、「鰻鱺舊注音漫黎」、鰻鱺は古い注では「漫黎(まんれい)」と読む、と書いています。
影を鱧にかけて子を生む魚
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ80・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
鰻鱺魚(ウナギ) 別録中品釋名 白鱓(綱目) 蛇魚(綱目) 乾者名風鰻 時珍曰、鰻鱺舊注音漫黎。按許慎說文、鱺與鱧同。趙辟公雜録亦云、此魚有雄無雌、以影漫於鱧魚、則其子皆附于鱧鬐而生。故謂之鰻鱺。與許說合。當以鱧音為正。曰蛇曰鱓、象形也
現代語訳
鰻鱺魚(ウナギ)。【名前】白鱓・蛇魚、干したものは風鰻ともいう。李時珍いわく、鰻鱺は古い注では音を「漫黎」とする。許慎の『説文解字』を見ると、鱺は鱧と同じである。趙辟公の『雑録』もいう、この魚には雄がいて雌がいない。影を鱧魚にかける(漫す)と、その子はみな鱧のひれについて生まれる。だから鰻鱺という。許慎の説と合う。鱧の音を正しいとすべきである。蛇・鱓と呼ぶのは、形から名づけたのである。
そのあとに引かれるのが、趙辟公(ちょうへきこう)という人の『雑録』です。「此魚有雄無雌」、この魚には雄がいて雌がいない。「以影漫於鱧魚、則其子皆附于鱧鬐而生」、影を鱧(れい)の魚にかけると、その子はみな鱧のひれ(鬐)について生まれる。そして「故謂之鰻鱺」、だから鰻鱺という、と話が閉じられます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ80・著作権保護期間満了)
ウナギは自分では卵を生まず、ほかの魚に影をかけて、その魚のひれに子をつけさせる。影を鱧に「漫す」魚だから鰻鱺、という説明です。魚へんの「曼」は、この話の「漫」と同じ音を持つ字でした。
もっとも、これは李時珍自身の説ではなく、趙辟公の『雑録』に載っていた話です。李時珍はこれを引いたあと「與許說合。當以鱧音為正」と続け、許慎の説(鱺は鱧と同じ字)と合うから、鱺の字は鱧の音で読むのが正しい、としています。李時珍がこの話を持ち出したのは、二字目の「鱺」の読み方を決めるためでした。
ここで出てくる「鱧」は、ハモの字として知られるあの鱧ですが、『本草綱目』の鱧は川や池にすむ黒い魚の名前で(その話は鱧の漢字の由来の記事で読んでいます)、「鱺與鱧同」、鱺は鱧と同じ字だ、とも書かれています。釈名の最後は「曰蛇曰鱓、象形也」で、別名の蛇魚や白鱓は姿の形から名づけたものだと結んでいて、形から名づけた名前と、話から名づけた名前が、並べて置かれていました。
平安時代の辞書は「はしかみいを」と読んでいた
日本の辞書のほうでは、この「鰻鱺」はまったく別の読み方をされていました。平安時代に源順(みなもとのしたごう)がまとめた『和名抄(わみょうしょう)』に、江戸後期の考証学者・狩谷棭斎(かりや・えきさい)が注をつけた『箋注倭名類聚抄』(明治16年刊)の、魚の部の巻八、コマ21です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『箋注倭名類聚抄』巻第8・狩谷棭斎著・明治16年・NDL PID:991791 コマ21・著作権保護期間満了)
和名抄の本文は「本草云、鰻鱺魚」で、その読みの注は「波之加美伊乎(はしかみいを)」となっています。ウナギではありません。棭斎は、その読みがどこから来たのかを突きとめていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『箋注倭名類聚抄』巻第8・狩谷棭斎著・明治16年・NDL PID:991791 コマ21・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
兼擧本草及注所說、而和名依陶說緣木、蘇說有四脚、爲波之加美伊乎也。波之加美伊乎、今俗呼山椒魚。大五六寸、似鰌有四脚、長尾、能緣木者、即是。……
現代語訳
(棭斎の注)『本草和名』は本草の本文と注の説をまとめて挙げ、陶弘景の「木に登る」説と蘇敬の「四本の脚がある」説によって、和名を「はしかみいを」としたのである。はしかみいをは、いま世間で山椒魚と呼ぶもので、大きさ五、六寸、ドジョウに似て四本の脚があり、尾が長く、木に登ることのできるものが、それである。
中国の古い本草書の注に、陶隠居(陶弘景)が書いた「鰻鱺魚能緣樹、食藤花」、鰻鱺は木に登って藤の花を食べる、という一文があり、唐の時代の本草書の注(棭斎は「蘇」と呼びます)はこれを「鯢魚有四脚、能緣樹」、木に登るのは四本脚の鯢(げい)の魚のほうで陶隠居の説は誤りだ、と正していました。ところが日本の『本草和名』は、この二つの説を合わせてしまいます。「依陶說緣木、蘇說有四脚、爲波之加美伊乎也」、陶隠居の木に登るという説と蘇の四本脚という説によって、和名をはしかみいをとした、というのです。
はしかみいをが何かは、棭斎が「波之加美伊乎、今俗呼山椒魚」と書いています。いま世間で山椒魚(サンショウウオ)と呼ぶものです。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『箋注倭名類聚抄』巻第8・狩谷棭斎著・明治16年・NDL PID:991791 コマ21・著作権保護期間満了)
平安時代の辞書は、「鰻鱺」の字をサンショウウオの名前で読んでいたことになり、棭斎は同じ注の終わりで、それをはっきり誤りだと書いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『箋注倭名類聚抄』巻第8・狩谷棭斎著・明治16年・NDL PID:991791 コマ21・著作権保護期間満了)
「輔仁以之訓本草鰻鱺魚、誤。源君襲之、非是」。『本草和名』をまとめた輔仁がこれで本草の鰻鱺魚を読んだのは誤りで、源順がそれを引き継いだのも正しくない――。
ウナギの古い名前「むなぎ」の字は「鱣」
和名抄でウナギに当てられていた字は、同じ巻八のコマ14に出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『箋注倭名類聚抄』巻第8・狩谷棭斎著・明治16年・NDL PID:991791 コマ14・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
鱣魚文字集略云、鱣(音天、无奈岐)
現代語訳
鱣魚。『文字集略』にいう、鱣(音は天、和名はむなぎ)。
見出しは「鱣魚」、和名は「无奈岐(むなぎ)」です。ウナギは古くはむなぎと呼ばれていて、棭斎の注は、このむなぎが『万葉集』の歌にも出てくること、そして「今俗呼宇奈岐」、いま世間ではウナギと呼ぶことを書いています。平安時代の辞書ではウナギの字が「鱣」で、「鰻鱺」はサンショウウオという、今とはまるで違う割り当てだったわけです。
梅園の書き入れ「宇奈岐ハ鰻鱺也」
冒頭の梅園のウナギの絵に戻ると、見出しの右上に小さな字の書き入れがあります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園・天保6年序・NDL PID:1287112 コマ27・著作権保護期間満了)
「和名鈔以鰻鱺魚訓波之加美伊乎、以鱣魚訓無奈木」と、和名抄が鰻鱺魚をはしかみいを、鱣魚をむなぎと読んでいることを挙げたうえで、梅園は、鱣の字を世間でウナギと読むのは誤りで「宇奈岐ハ鰻鱺也」、ウナギは鰻鱺である、と書いています。では平安の辞書がウナギに当てた鱣は何かというと、書き入れは「鱣魚ハ不加ト云鮫之類也」と続きます。鱣は「ふか」といってサメのなかまだ、というのです。
梅園の書き入れのなかで、鱣はウナギどころかサメの字になっていて、見出しに立てたのも『本草綱目』の「鰻鱺魚」でした。江戸の学者たちは中国の本と照らし合わせて、平安時代の辞書の割り当てを「誤」「非是」と正し、ひっくり返していたことになります。鰻という字の由来は、そうした読み替えの先に、影を鱧にかけて子を生むという古い話を抱えたまま残っています。
鰻
- 読みは「うなぎ」。魚へんに曼、22画
- 中国の本では、ウナギは二字の「鰻鱺」
- 『本草綱目』は「以影漫於鱧魚」、影を鱧にかけて子を生むからと説明した
- 平安時代の辞書ではウナギの字は「鱣」。鰻鱺はサンショウウオの名で読まれていた
UOMEDIA|uomedia.jp
ウナギと「江戸前」の話は江戸前の由来はウナギだったの記事で読んでいます。ほかの魚へんの字は魚へんの漢字の由来の一覧にまとめています。
この記事でわかったこと
『本草綱目』は、趙辟公『雑録』の説として、この魚には雌がなく「以影漫於鱧魚、則其子皆附于鱧鬐而生。
故謂之鰻鱺」、影を鱧にかけるとその子が鱧のひれについて生まれるので鰻鱺という、と書いています(承応2年刊本・NDL PID:2556596 コマ80)。古い注の読みは「漫黎」です。
平安時代の辞書『和名抄』では、ウナギの古名は「无奈岐(むなぎ)」で、字は「鱣」でした(『箋注倭名類聚抄』巻8・NDL PID:991791 コマ14)。
「鰻鱺魚」には「波之加美伊乎(はしかみいを)」という読みがついています(同コマ21)。
狩谷棭斎は「波之加美伊乎、今俗呼山椒魚」、今のサンショウウオのことだと書いています。
中国の本草書の注にあった「鰻鱺は木に登る」説と「四本脚の魚が木に登る」説を『本草和名』が合わせてしまい、鰻鱺にサンショウウオの名を当てたもので、棭斎は「誤」「非是」としています(『箋注倭名類聚抄』巻8・NDL PID:991791 コマ21)。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 梅園魚品図正.巻1
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 本草綱目卷1-17,19-52,瀕湖脈學1卷奇經八脈攷1卷脈訣攷證1卷.[30]
明李時珍撰 承應2
- 箋注倭名類聚抄.巻第8
狩谷棭斎 著 1883
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