魚へんに東の読み方はニシン|江戸の本は鰊を「東の音」と書いた
この字、読めますか?
鰊
- 訓
- にしん
- 音
- レン
- 画数
- 20画
この記事の目次
魚へんに東西南北の「東」と書いて、ニシンと読みます。春に北の海へ押し寄せ、卵が正月の数の子になる、あの魚です。ところが、いまの活字の「鰊」をよく見ると、右側は「東」ではなく一画多い「柬」で、音読みも「トウ」ではなく「レン」になっています。それなら「魚へんに東」は見まちがいかというと、江戸の本にはニシンの字にはっきり「音は東」と書いてあって、話はそう簡単ではありません。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚譜』毛利梅園・NDL PID:1286914 コマ56・著作権保護期間満了)
毛利梅園が写したこのニシンの図にも、字をめぐる書き入れがあります。それは後で読むことにして、まず中国の字書から当たり、江戸・明治の本へ進み、最後に東京の市場でいまのニシンがいくらで取引されているかを統計で拾いました。
「鰊」の基本データ
- 読み
- にしん(訓)/レン(音)
- 画数
- 20画(魚へん11画+右側9画)
- 形
- 魚へんに「柬」。東に見えるが一画多い
- よく似た字
- 鯟。魚へんに「東」で19画、音はトウ、訓は「かど」
- もう一つの字
- 鯡。魚へんに「非」
- 難易度
- 上級
読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9C0A・U+9BDF)による
中国の字書には「東」の字と「柬」の字がある
開いたのは、中国・清の時代にできた字書『康熙字典(こうきじてん)』を安永9年(1780年)に日本で彫り直した版の、魚の部です。右側が八画の字を集めたコマ20の左ページに、魚へんに「東」の字がありました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『康熙字典』安永9年刊の和刻本・NDL PID:2562615 コマ20・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『康熙字典』安永9年刊の和刻本・NDL PID:2562615 コマ20・25・著作権保護期間満了)
「鯟〔廣韻〕德紅切〔集韻〕都籠切、並音東。魚名。似鯉」。魚へんに東の「鯟」は、音が「東」と同じで、魚の名、コイに似る、と書いてあります。そこから五コマ先、右側が九画の字のところに、もう一つの字が載っていました。
「鰊〔廣韻〕〔集韻〕並郎甸切、音煉。魚名。似鰋」。こちらが、いま私たちが使っている「鰊」で、音は「煉」と同じ、魚の名で「鰋(えん)」に似る、とあります。
この「似鰋」の二字は、見落としやすい場所にあります。注は「音煉」で列の下端まで来ていて、続きは次の列の頭に小さな字の二行に分けて「魚名」「似鰋」と書かれ、そのすぐ下に大きく彫られているのが次の見出しの「鰋」なので、続きを読まずに見出しへ目を移すと、説明は「魚名」だけに見えてしまうのです。いずれにせよ中国の字書では、東の字と柬の字は、音の違う別々の字でした。
同じコマ20の左端には「鯡」もあって、こちらは「〔玉篇〕魚子也」、魚の子、つまり魚の卵の字で、「一曰海魚名」、一説に海の魚の名、とも書いてありました。
江戸の本は「音は東」と書いた
鮎や鮭のように、中国の本と日本とで指す魚が違う字は珍しくありません。『康熙字典』の鯟は「コイに似る」魚、鰊は「鰋に似る」魚で、どちらにもニシンだとは書いてありません。日本の本がどちらの字でニシンを書いたかを知るために、人見必大(ひとみ・ひつだい)の食物の本『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』(元禄10年=1697年刊)の巻八、コマ179を開きました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻八・人見必大著・元禄10年・NDL PID:2557333 コマ179・著作権保護期間満了)
左ページの左端、最後の二列がニシンの項の始まりで、見出しのまわりを大きくすると次のようになります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻八・人見必大著・元禄10年・NDL PID:2557333 コマ179・著作権保護期間満了)
見出しの字の下に、小さく二行で「德紅切」「訓加登」とあります。「德紅切」は読み方の説明で、先ほどの『康熙字典』が鯟につけていたのと同じ三字ですから、音は「東」です。訓の「加登(かど)」はニシンの古い呼び名です。見出しの字そのものは版木の彫りがつぶれていて、右側が東なのか柬なのか形だけでは見分けられませんが、必大がつけた読みは東の字のほうでした。その理由が、次のコマ180に書いてあります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻八・人見必大著・元禄10年・NDL PID:2557333 コマ180・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
……此魚獨出東海、余國未多見之。故以從東而借用歟。二親者父母也。凡人之多子者依于父母、
現代語訳
……この魚は東の海にだけ出て、ほかの国ではあまり見かけない。だから「東」に従う字を借りて使ったのだろうか。二親とは父母のことである。およそ人に子が多いのは父母によるもので、
「此魚獨出東海、余國未多見之。故以從東而借用歟」。この魚は東の海にだけ出て、ほかの国ではあまり見かけないので、「東」に従う字を借りて使ったのだろうか、と言っています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻八・人見必大著・元禄10年・NDL PID:2557333 コマ180・著作権保護期間満了)
必大によれば、魚へんに東の「東」は、東の海の東でした。ただし結びは「借用歟」で、字を借りて使ったのだろうか、と推量にとどめています。『康熙字典』の鯟がコイに似た魚の字だったことを思えば、慎重な書き方です。
寺島良安(てらじま・りょうあん)の絵入り百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』も、巻四十九のコマ37で同じ読みをつけています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ37・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ37・著作権保護期間満了)
見出しは「鯡」で、振り仮名は「かど」「にしん」。その下にもう一つの字が小さく添えてあり、「音東」「共俗用」と注がついていて、音は東、鯡とともに世間で使う字だ、という意味になります。江戸の本のニシンの字は、読みのうえでは、たしかに「魚へんに東」でした。
冒頭に置いた梅園のニシンの図の書き入れは、右ページの終わり近く、数の子の説明に続く列にあります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚譜』毛利梅園・NDL PID:1286914 コマ56・著作権保護期間満了)
一つめの字は「集韻ニ音東、似鯉」、二つめの字は「音煉、似鰋」と、梅園は中国の字書の二つの説明を書き並べたうえで、「共ニ不詳」、どちらもよく分からない、と書いています。音も形も別の二つの字を並べて首をかしげたのは、いま『康熙字典』を開いて通った道とそっくり同じです。続けて、新井白石(「白石先生」)の『蝦夷志』の注に、かどには俗にこの字を使うが「所出不詳」、出どころは分からない、とある、と引いています(NDL PID:1286914 コマ56)。
明治に入ると様子が変わり、明治30年(1897年)の『日本重要水産動物図』の解説では、活字で組まれた「鯡」と「鰊」が並んでニシンの字になっています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本重要水産動物図』解説・明治30年・NDL PID:1086762 コマ38・著作権保護期間満了)
「にしん 又かどト云フ。鯡又鰊ノ字ヲ用ユ」。いまの活字の鰊は、『康熙字典』でいえば「音煉」のほうの形です。江戸の本が「音は東」と書いた字が、いつ、なぜ一画多い形に落ち着いたのかを書いた資料には、今回はたどり着けていません。
北の海の、群れる魚
大槻文彦(おおつき・ふみひこ)の国語辞書『言海(げんかい)』(明治22〜24年刊)は、ニシンを「東北ノ海ニ多シ、秋ヨリ春ニ亘リテ漁ス」と説明していて(NDL PID:992954 コマ459)、項の終わりの「一名、鰊」の字には「カド」と振り仮名がついていました。
ニシンの基本データ
- 分類
- ニシン目ニシン科
- 分布
- 北太平洋の両岸と北極海。西側は日本と朝鮮半島の西岸まで
- すみか
- 沿岸の表層から水深475mまで。群れをつくる
- 大きさ
- 最大で全長46cm。ふつうは体長25cmほど
- 寿命
- 記録では19年
- 産卵期
- 1〜4月(北海道の石狩湾系群)
- 漁法
- 刺し網、沖合底びき網、定置網(同)
分類・分布・大きさ・寿命は FishBase、産卵期と漁法は北海道立総合研究機構による
表の数字は、魚類データベース FishBase と、北海道立総合研究機構のニシン(石狩湾系群)の資源評価書によります。評価書によれば沿岸の刺し網の主な漁期は1〜4月で、産卵のために岸へ寄ってくる群れを獲っています。
生のニシンは1kg437円
東京都中央卸売市場(豊洲市場など)の令和7年(2025年)の年次統計から、1kgあたりの平均価格を拾いました(東京都中央卸売市場 市場統計情報・年次統計資料、「品目別・月別平均価格」)。
統計の区分 | 年間平均(1kg) | いちばん高い月 |
|---|---|---|
にしん(生) | 437円 | 8月 662円 |
冷にしん(冷凍) | 300円 | 1月 980円 |
身欠にしん | 1,211円 | 12月 1,406円 |
塩かずのこ | 3,605円 | 12月 4,031円 |
生のニシンは年間平均で1kg437円で、同じ統計の鮮魚全体の平均が1,691円ですから、その4分の1ほどにしかなりません。卵の「塩かずのこ」は1kg3,605円と生のニシンの8倍を超え、身欠にしんも塩かずのこも、12月がいちばん高値でした。
筆者が市場で見てきたこと
ニシンは、生も、冷凍も、身欠きも、数の子も、市場でいずれも手に入ります。呼び名はとくに分けずにただ「ニシン」で、脂ののったものを「脂ニシン」と呼ぶことがあるくらいです。選ぶときに見るのは鮮度です。
鮮魚の箱には、卵を持ったものと白子を持ったもの、つまりメスとオスが一緒に入っていて、腹を触って硬ければメスだと分かります。値は、鮮魚は真冬が高いものの、基本的には安値の魚です。骨が多く刺身に向かないこと、家庭での料理の仕方があまり知られていないことが理由だろうと、筆者は見ています。
安値の魚であることは、先ほどの統計で生のニシンが鮮魚全体の平均の4分の1ほどだったことと合っています。月ごとの値を見ると、令和7年の統計では8月の662円と9月の633円が高く、12月の580円がそれに続き、いちばん安いのは7月の366円でした。筆者の実感する「真冬」のうち、12月は高値の側に入っていますが、1月は386円です。骨の多さは明治の『言海』も「細刺多キコト鰯ニ似テ、味更ニ美ナリ」と書いていて、小骨が多いのはイワシに似るが、味はさらによい、という評価でした。
「二親」と「かど」
ニシンという名前を、江戸の本は「二親」と書きました。先ほどの『本朝食鑑』の見出しの隣にも「釋名 二親魚」とあり、必大は「二親者父母也」、二親とは父母のことで、人に子が多いのは父母によるのだから、数の子の多いこの魚をそう呼んだのだろう、と見立てています。
明治の『言海』は「二身ノ義ニテ全體ヲ二ツニ割キテ乾ス意ナラムト云、或云、二親ノ義」と、身を二つに割いて干すから「二身」だという説と、数の子の親だから「二親」だという説を並べました。もう一つの名前「かど」は数の子につながっていて、「かどの子」が「かずのこ」になったという必大の見立ては数の子の意味と由来で、松前でニシンが年貢の代わりだった話は松前のニシンで、それぞれ原本を読んでいます。
身欠きにして、冬の漬物に
農林水産省の「にっぽん伝統食図鑑」は、北海道のニシン漬けを載せています。春にニシンを身欠き(内臓や頭を取り除いた干物)にしておき、晩秋に野菜と一緒に漬け込んで冬の保存食にしたもので、身欠きニシンのアクを抜いてぶつ切りにし、大根、キャベツ、にんじんと、米麹と塩で漬け、重石をして1か月ほどで味がなじむ、と書いてあります。
骨が多く、生では扱いにくい魚を、干して、漬けて食べる。市場で身欠にしんが生の3倍近い値で取引されているのも、その食べ方が続いているからでしょう。
鰊
- 読みは「にしん」。いまの鰊は魚へんに柬、20画
- 中国の字書には、音が「東」の鯟と、音が「煉」の鰊が別々に載る
- 『本朝食鑑』は読みを「德紅切」(東の音)とし、「此魚獨出東海…故以從東」と書いた
- 『和漢三才図会』も「音東」。見出しは「鯡」
- 東京の市場で生のニシンは1kg437円。塩かずのこは3,605円(令和7年)
UOMEDIA|uomedia.jp
この記事でわかったこと
「鰊」と書いてニシンと読みます。
ただし、いまの活字の鰊の右側は「東」ではなく、一画多い「柬」で、音読みは「レン」です(Unicode Unihan Database U+9C0A)。魚へんに「東」そのものの字は「鯟」で、音は「トウ」、訓は「かど」です(同 U+9BDF)。
人見必大『本朝食鑑』(元禄10年=1697年刊)は、ニシンの字の読みを「德紅切」(東と同じ音)とし、「此魚獨出東海、余國未多見之。
故以從東而借用歟」、東の海にだけ出る魚なので東に従う字を借りたのだろう、と書いています(NDL PID:2557333 コマ179・180)。
どちらもニシンの字として使われてきました。
『和漢三才図会』は見出しを「鯡(かど・にしん)」とし、もう一つの字に「音東」「共俗用」と注しています(NDL PID:2596381 コマ37)。明治30年の『日本重要水産動物図』も「鯡又鰊ノ字ヲ用ユ」と書いています(NDL PID:1086762 コマ38)。中国の字書『康熙字典』では、鯡は「魚子也」、魚の卵の字です(NDL PID:2562615 コマ20)。
国字ではありません。
『康熙字典』に「鰊〔廣韻〕〔集韻〕並郎甸切、音煉。魚名。似鰋」と載っています(NDL PID:2562615 コマ25)。魚へんに東の「鯟」も「德紅切……音東。魚名。似鯉」と載っています(同 コマ20)。『本朝食鑑』は、中国の字を「借用」したのだろうと書いています。
江戸の『本朝食鑑』は「二親魚」と書き、「二親者父母也」、数の子の多さを父母になぞらえた名だろうとしています(NDL PID:2557333 コマ179・180)。
明治の『言海』は、身を二つに割いて干す「二身」の意という説と、数の子の親だから「二親」という説を並べています(NDL PID:992954 コマ459)。
東京都中央卸売市場の令和7年(2025年)の年次統計では、生の「にしん」の年間平均が1kg437円、「身欠にしん」が1,211円、「塩かずのこ」が3,605円でした。
鮮魚全体の平均は1kg1,691円です。
この記事で開いた原本
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- 梅園魚譜
毛利大江元寿梅園白石瑛<毛利梅園>//撰輯
- 康煕字典42卷附字典琢屑1卷字典初學索引1卷.[40]
清凌紹〓等奉敕撰・都賀庭鐘校・附都賀庭鐘撰 安永9
- 本朝食鑑 12巻.[2]
丹岳野必大千里 著 [江戸時代]
- 和漢三才図会 : 105巻首1巻尾1巻.[34]
寺島良安尚順 編 [江戸時代]
- 日本重要水産動物図.解説
大日本水産会 編 明30.10
- 言海 : 日本辞書.第1-4冊
大槻文彦 編 1889-1891
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