
広島のカキ養殖の歴史は江戸から——「畿内に食する物、皆芸州広島の産」
広島のカキ養殖の歴史は江戸時代にさかのぼります。『日本山海名産図会』は「畿内に食する物、皆芸州広島の産なり」と書き、干潟に竹を並べる「ひび」の作り方まで図入りで記録しました。

広島のカキ養殖の歴史は江戸時代にさかのぼります。『日本山海名産図会』は「畿内に食する物、皆芸州広島の産なり」と書き、干潟に竹を並べる「ひび」の作り方まで図入りで記録しました。

のし袋の「のし」の由来はアワビです。薄く剥いて打ち延ばしたものが元でした。『日本山海名産図会』は作り方を図入りで載せ「俗に熨斗の字をかくは誤なり」と書いています。

伊勢海老の名前の由来は「是伊勢より京師へ送る故に云なり」。獲っていたのは志摩の鳥羽で、伊勢は積み出し口でした。江戸では鎌倉海老。名は道についていたのです。

松前でニシンは年貢でした。『蝦夷行記』は「百姓の業、田作はせず、唯鯡をとりて」十五分の一を運上に納めると記します。干鰊は近江の田を肥やした。原本画像で読みます。

水産ニュースの週刊まとめ(2026年8月3日〜9日)。熊本地震で八代の陸上養殖サーモン約20万匹が死に、上半期の輸出はブリが69%増、秋サケ来遊予測は前年の53%。7本を出典付きで。

「とどのつまり」の語源はボラです。天保二年の『魚鑑』はボラの成長名を並べ「十歳以上をとゞといふ」と書きます。おぼこ・いな・ぼら——名前が多い理由を原本画像で読みます。

蛸壺漁のやり方が江戸の本に残っています。壺には紅い絹の切れ端と唐辛子を入れる。引き揚げてもタコは出てこないが、爪で底を掻くと走り出る。『本草綱目啓蒙』を原本画像で読みます。

ザトウクジラの名前の由来は琵琶です。元禄十年の『本朝食鑑』は、背の鰭が琵琶の形に似ているからだと説明します。同じ本に江戸の鯨組が守った「定法」も残っていました。

鮎の漢字の由来には三説あります。中国では鮎はナマズを指す字でした。毛利梅園は「魚占」の意と書き、貝原益軒と新井白石は別の説を立てる。原本画像でたどります。

フグを「てっぽう」と呼ぶ由来は「あたると急死すと云意也」。安永四年の方言辞典『物類称呼』が書き残しています。銚子では「とみ」、長州では「福」。原本画像でたどります。

江戸の大イカの記録が幕府に残っています。町奉行の届書に「長さ二間半、横六尺余、足の太さ二尺程」——約4.5メートル。上総の海から魚河岸に運ばれた一件を原本画像で読みます。

塩引鮭は産地で味が違うと江戸の本は書き分けています。『本朝食鑑』は「越後のものは軟らかく、陸奥のものは堅い」。子籠・氷頭・めふんまで、江戸の料理書と本草書を原本画像で読みます。