ハゼの漢字「鯊」の由来|海のサメではない谷川の小魚の字
この字、読めますか?
鯊
- 訓
- はぜ・さめ
- 音
- サ・シャ
- 画数
- 18画
この記事の目次
元禄10年(1697年)の『本朝食鑑』は、ハゼの項に、江戸の人々が小舟に棹さし、簑と笠をつけて川へ出てハゼを釣る様子を書きとめ、それを「江上閑凉忘世之樂」、川の上でのんびりと世の中を忘れる楽しみだと結んでいます。ハゼの漢字は「鯊」で、沙(すな)の下に魚を置いた18画の字、訓は「はぜ」のほかに「さめ」、音はサ・シャです。ところが『本朝食鑑』の見出しは鯊ではなく「波世魚」と書かれていて、この字をハゼの見出しに立てたのは、12年後に出た貝原益軒の『大和本草』でした。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』・毛利梅園筆・NDL PID:1287112 コマ13・著作権保護期間満了)
梅園は同じ見開きの二尾に、二つの名前を書き分けていました。左の一尾の書き入れは、「鯊魚」にハセと振り、沙溝魚、沙鰛、鮀魚、沙吹と、どれも沙の字のつく中国の本の別名を並べたあとに、「和俗呼川波世海波世」、日本では川はぜ、海はぜと呼ぶと書いています。右の一尾には「河魚類」と分類をつけて「蝦虎魚」にハゼと振り、出どころとして『産物志』『彙苑詳註』という本の名を添えていて、江戸の終わりには、鯊のほかにもハゼに当てる字がありました。
「鯊」の基本データ
- 読み
- はぜ・さめ(訓)、サ・シャ(音)
- 画数
- 18画(沙7画+魚11画)
- 形
- 沙の下に魚。魚へんではなく、魚が下にくる形
- 英語の意味
- Unihan の定義は shark(サメ)
- ほかの書き方
- 波世魚(『本朝食鑑』)、蝦虎魚(梅園の書き入れ)
- 難易度
- 上級
読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9BCA 鯊、U+6C99 沙)による
『本草綱目』の鯊魚は「此非海中沙魚」
益軒が引いた明の李時珍の『本草綱目』は、日本でも承応2年(1653年)に刷られています。その巻四十四のコマ75、右ページの右端に見出しの「鯊魚」があり、すぐ下の釋名に、『爾雅』の鮀魚、郭璞の吹沙、沙溝魚、俗名の沙鰛と、四つの別名が並びます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ75・著作権保護期間満了)
別名を並べたあとで、時珍は「此非海中沙魚。乃南方溪澗中小魚也」と書き、これは海でとれる沙魚ではなく、南方の谷川にいる小さな魚だ、とわざわざ断っています。同じ巻のコマ93、サメを扱う鮫魚の項でも別名の筆頭に沙魚が挙がっているので、沙の字のつく二つの魚を取り違えないようにという注意です。この小魚は砂の溝にすんで「吹沙而游、咂沙而食」、砂を吹いて泳ぎ、砂をすすって食べ、集解によれば大きいものでも長さ四、五寸でした。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ75・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
釋名 鮀魚(爾雅) 吹沙(郭璞) 沙溝魚 沙鰛(俗名 音問)時珍曰 此非海中沙魚 乃南方溪澗中小魚也居沙溝中 吹沙而游 咂沙而食鮀者肉多形圓 陀陀然也
現代語訳
別の名は鮀魚・吹沙・沙溝魚・沙鰛。李時珍は言う。これは海の沙魚ではなく、南方の谷川にいる小さな魚である。砂の溝にすみ、砂を吹いて泳ぎ、砂をすすって食べる。鮀というのは、身が多く形が丸いからである。
Unicode の Unihan Database は鯊の英語の意味に shark、サメだけを載せていて、日本語の訓にも はぜ と さめ の二つを登録しています。時珍が線を引いた谷川の小魚と海のサメは、一つの字の上にいまも同居していることになります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ75・著作権保護期間満了)
益軒は「鯊」の一字にハゼと振った
宝永6年(1709年)の『大和本草』巻十三では、コマ17の右ページ、ナマズの項が終わった次の列の頭に、枠の線にかかるほど上へ寄せて「鯊」の一字が置かれ、右にハゼと振り仮名がついています。益軒は、ハゼは谷川の中にも海の潮が入るところにも多く、目が背の上にあってたがいに近い、と書いたあとに、「其餘ハ皆本草時珍所言ノコトシ」と続けました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・貝原益軒・宝永6年刊・NDL PID:2557359 コマ17・著作権保護期間満了)
そのほかは時珍が言っているとおりだ、という一言で、益軒は日本のハゼを『本草綱目』の鯊魚、つまり南方の谷川の砂を吹く小魚と同じものと見なしたわけです。ただ益軒が書き足した中身は、時珍の谷川の魚とは少し向きが違っていて、「攝州大坂河尻最多シ」「彼土人甚賞之」、摂津の大坂の河口にいちばん多く、土地の人がたいへん好む、とあります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・貝原益軒・宝永6年刊・NDL PID:2557359 コマ17・著作権保護期間満了)
身はやわらかく、味はあっさりしてうまく、骨とひれを除けば病人に食べさせてもよい、煮ても蒸してもよいと食べ方まで細かく、山の中の川にいるものは小さく、川や海にいるものは大きいと、大きさは場所しだいだとしています。結びの「或曰其苗ヲイサヾト云」は、ハゼの稚魚をイサザと呼ぶという説で、梅園も同じように、ハゼの絵のそばにイサザの名を書き入れていました(魦(イサザ)の記事)。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・貝原益軒・宝永6年刊・NDL PID:2557359 コマ17・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
鯊(ハゼ) 溪澗ノ中及海潮ノ入処ニモ多シ 其目背上ニアリテ甚近シ 其餘ハ皆本草時珍所言ノコトシ 肉軟脆味淡美性カロシ 骨ト鰭トヲ去テ病人可食 煮蒸皆佳 又為肉鱠為鮓膾尤佳 攝州大坂河尻最多シ 彼土人甚賞之 山中ノ川ニアルハ小ナリ 江海ニアルハ大ナリ 其子味又佳 是亦江魚ノ良品ナリ 或曰其苗ヲイサヾト云
現代語訳
ハゼ。谷川の中にも、海の潮が入るところにも多い。目は背の上にあって、とても近い。そのほかはみな『本草綱目』で李時珍が言うとおりである。身はやわらかくもろく、味はあっさりしてうまい。骨とひれを取れば病人も食べてよい。煮ても蒸してもよく、なますやすしにもする。摂津の大坂の河口にいちばん多く、土地の人はとても好む。山の中の川にいるものは小さく、川や海にいるものは大きい。子もうまく、これも川の魚のよいものである。その稚魚をイサザと呼ぶという説もある。
『本朝食鑑』は「波世魚」、柳の綿毛の話
益軒より12年早い人見必大の『本朝食鑑』は、巻八の鱗部、コマ189の右ページで、ハゼを万葉仮名で「波世魚」と書いて見出しにしています。釋名に挙げた字は鯊ではなく「波絮」で、その下の割注に「以柳絮入水化為魚之言名之乎」、柳の綿毛が水に落ちて魚になるという言い伝えから名づけたのだろうか、と書き、すぐ後に「未知」、わからない、と付け加えました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻八 鱗部・人見必大著・元禄10年刊・NDL PID:2557333 コマ189・著作権保護期間満了)
ハを波、ゼを柳絮の絮に当てて名前の由来を探っていて、必大は鯊の字を名前の説明に使っていません。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻八 鱗部・人見必大著・元禄10年刊・NDL PID:2557333 コマ189・著作権保護期間満了)
集解はまず「江河處處采之」、川のあちこちでとれるとし、江戸では「芝江淺草川中河小松川等最多」、芝江、浅草川、中川、小松川などにいちばん多くて、夏から秋のあいだに網でとる、と江戸の川の名を挙げています。この魚は沈んでいて泥や砂の近くにいるので、釣るときはおもりをつける、と釣り方の話が長く続き、そのあとに冒頭の、小舟と簑笠で楽しむ釣りの一節が来ます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻八 鱗部・人見必大著・元禄10年刊・NDL PID:2557333 コマ189・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
釋名 波絮 以柳絮入水化為魚之言名之乎 未知集解 江河處處采之 江都之芝江淺草川中河小松川等最多 夏秋間漁網之 此魚性沈近于泥砂
現代語訳
名の由来は「波絮」。柳の綿毛(柳絮)が水に入って魚になるという話から名づけたのだろうか。確かなことはわからない。川のあちこちでとれる。江戸では芝江・浅草川・中川・小松川などにいちばん多く、夏から秋に網でとる。この魚は沈んでいる性質で、泥や砂の近くにいる。
姿は「其大者不過五六寸」、大きいものでも五、六寸にすぎないとし、種類の呼び分けも書いています。大きくて虎のような斑のあるものは「虎波世」、頭と尾に濃い黒の斑のあるものは、僧の黒い衣になぞらえて「衲波世」と呼ぶ、というもので、江戸の人がハゼの見た目ごとに名前をつけていたことがわかります。
筆者が市場で見てきたこと
市場で見るハゼは、生のマハゼを丸のままのものと、天ぷら用に開いたものです。大きさや季節で呼び分けることはなく、ハゼとだけ呼んでいます。良し悪しは活けかどうかで決め、値や入荷はほとんど動きません。
『本朝食鑑』が夏から秋に網でとると書き、虎波世や衲波世と見た目で呼び分けていた魚が、いまの市場ではハゼの一語で通り、季節で値が動くこともない、というのが筆者の見てきたところです。
鯊
- ハゼの漢字は「鯊」。沙の下に魚、18画。訓は はぜ・さめ、音はサ・シャ
- 『本草綱目』の鯊魚は「此非海中沙魚。乃南方溪澗中小魚也」、海のサメではない谷川の小魚
- 『大和本草』は「鯊」にハゼと振り、「其餘ハ皆本草時珍所言ノコトシ」とした
- 同書は「攝州大坂河尻最多シ」、ハゼの稚魚をイサザと呼ぶ説も書く
- 『本朝食鑑』の見出しは「波世魚」。名の由来に柳絮が魚になる話を挙げて「未知」
- 江戸では芝江・浅草川・中川・小松川に多く、虎波世・衲波世の呼び分けもあった
UOMEDIA|uomedia.jp
この記事でわかったこと
沙の下に魚と書く「鯊」です。
訓は「はぜ」「さめ」、音は「サ」「シャ」、画数は18画です(Unicode の Unihan Database、U+9BCA)。江戸の本には「波世魚」や「蝦虎魚」という書き方も出てきます。
Unihan の英語の定義は shark で、訓にも「さめ」があります。
ただ『本草綱目』の鯊魚の項は「此非海中沙魚」、海の沙魚(サメ)ではなく南方の谷川の小魚だと断っています(承応2年刊、NDL PID:2556596 コマ75)。
宝永6年(1709年)の貝原益軒『大和本草』は、見出しの「鯊」にハゼと振り、「其餘ハ皆本草時珍所言ノコトシ」と書いています(NDL PID:2557359 コマ17)。
それより前の『本朝食鑑』(元禄10年)は「波世魚」と書いていました。
『本朝食鑑』は「波絮」の字を挙げ、柳の綿毛が水に入って魚になる話から名づけたのかと書いたうえで「未知」、わからないとしています(NDL PID:2557333 コマ189)。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 梅園魚品図正.巻1
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 本草綱目卷1-17,19-52,瀕湖脈學1卷奇經八脈攷1卷脈訣攷證1卷.[30]
明李時珍撰 承應2
- 大和本草 16巻附録2巻諸品図2巻.[7]
貝原篤信 宝永6 [1709]
- 本朝食鑑 12巻.[2]
丹岳野必大千里 著 [江戸時代]
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