
魚へんの漢字
魚へんに葉の読み方はカレイ|鰈の漢字の由来は「くつ底の魚」
魚へんに葉の下の部分(蝶の右側と同じ)で「鰈(かれい)」。鰈の漢字の由来を原本でたどると、『本草綱目』は「鰈猶屧也」、世間の名は「くつ底の魚」。東京の市場では活けのカレイが1kg4,796円で、活魚14品目の最高値でした。

魚へんの漢字
魚へんに葉の下の部分(蝶の右側と同じ)で「鰈(かれい)」。鰈の漢字の由来を原本でたどると、『本草綱目』は「鰈猶屧也」、世間の名は「くつ底の魚」。東京の市場では活けのカレイが1kg4,796円で、活魚14品目の最高値でした。

魚へんの漢字
魚へんに付と書いて「鮒(ふな)」。鮒の漢字の由来を江戸の原本でたどると、『本草綱目』は「以相附也、故謂之鮒」、連れだって泳ぎ互いにくっつくから鮒だと書きました。寺島良安は、鯽を含む三字を「三字通用」としています。

魚へんの漢字
魚へんに尊と書いて「鱒(ます)」。鱒の漢字の由来を江戸の原本でたどると、『本草綱目』は尊い魚だからと書きました。では何が尊いのか。しかも今の中国で鱒は、日本のマスとは別の川の魚の名前です。

魚へんの漢字
魚へんに里と書いて「鯉(こい)」。鯉の漢字の由来を江戸の原本でたどると、『本草綱目』は「鯉鱗有十字文理、故名鯉」、鱗に十の字の模様があるから鯉と名づけたと書きました。寺島良安も、これを引いて書きとめています。

魚へんの漢字
魚へんに曼と書いて「鰻(うなぎ)」。鰻の漢字の由来を江戸の原本でたどると、『本草綱目』は、ウナギには雌がなく「以影漫於鱧魚」、影を鱧にかけて子を生むから鰻鱺と名づけたと書きました。江戸の学者が「誤」と書いた平安の読みも紹介します。

魚へんの漢字
鯛の漢字の由来を江戸の原本でたどります。狩谷棭斎は『説文解字』の「鯛、骨端脆也」を引いて「非此義」と書きました。貝原益軒はタイの見出しを「棘鬣魚」とし「本邦ノ俗用鯛字」、寺島良安は『本草綱目』に載らない魚だと書いています。

魚へんの漢字
鯨の漢字の由来を江戸の原本でたどります。狩谷棭斎が引く『説文解字』では、海の大魚の字は「䲔」で、「䲔或从京」、鯨はその別の書き方でした。貝原益軒はクジラを「海鰌」、海のドジョウと書き、その理由も書き残しています。

魚へんの漢字
鮨の漢字の由来と鮓との違いを原本でたどります。江戸の終わりの『守貞謾稿』は「鮨ハ近来ノ俗字也」、狩谷棭斎は中国の字書から「鮨之非須之可知也」と書きました。ところが奈良時代の荷札には、もう「鮨」も「鮓」も書かれています。

魚へんの漢字
鱧の漢字の由来を江戸の原本でたどります。『本草綱目』は鱧を頭に七つの星がある川の魚とし「有自然之禮、故謂之鱧」、寺島良安は「故字从禮省」と書きました。貝原益軒は「ハモハ海鰻ナリ」、鱧をハモと読むのは誤りだとしています。

魚へんの漢字
鯖の漢字の由来を江戸の原本でたどります。『本草綱目』は「青亦作鯖」、鯖は青魚の別の書き方で、その青魚は川と湖にすむ魚でした。寺島良安は「湖にいるとは聞かない」、毛利梅園は「鯖ノ字ヲ用ルハ非也」と書き残しています。

魚へんの漢字
鮪の漢字の由来を江戸の原本でたどります。貝原益軒は1709年の『大和本草』で「鮪ハ鱘ノ別名」と書き、見出しをカタカナの「シビ」にしました。鱘はチョウザメの字。鼻が長く口が顎の下にある魚です。

魚へんの漢字
魚へんの国字を江戸の原本で確かめます。1709年の『大和本草』で貝原益軒は、鱈・鰆・鰯・魳・鮟鱇を、正しい字を知らない世間が作った「倭字」だと名指しし、本文ではサワラを「馬鮫魚」、タラを「夻魚」と書きました。