
魚のことば
「猫に鰹節」の語源と初出 江戸の前は「猫に乾鮭」も
「猫に鰹節」の語源と初出を原本でたどります。『甲陽軍鑑』は武田の軍議で「下劣のたとへに猫に鰹のふしをあつけたる」。近松は「猫に乾鮭」、式亭三馬は「油断大敵」、国学者は『後漢書』の狼を引きました。古い形は「預ける」つきです。

魚のことば
「猫に鰹節」の語源と初出を原本でたどります。『甲陽軍鑑』は武田の軍議で「下劣のたとへに猫に鰹のふしをあつけたる」。近松は「猫に乾鮭」、式亭三馬は「油断大敵」、国学者は『後漢書』の狼を引きました。古い形は「預ける」つきです。

魚のことば
「海老で鯛を釣る」の語源と初出を原本でたどります。辞書の初出は1834年ですが、1797年の『美満寿組入』に役者の名に掛けた「海老にて鯛を釣」。さらに『土佐日記』の飯粒、許六の鼻屎、近松の麦飯まで、鯛を釣る餌の移り変わりを年代順に。

魚のことば
「鰯の頭も信心から」の語源と初出を原本でたどります。辞書が引く最古の例は1763年ですが、明暦2年(1656年)刊のことわざ集は「信仰から」、万治の『東海道名所記』は「信じから」。西鶴の「信心から」、節分の鰯の頭、明治の辞書まで年代順に。

魚のことば
「魚心あれば水心」の語源と初出を原本でたどります。辞書が引く最古の例は1767年の浄瑠璃ですが、1712年の八文字屋本には「魚心あれば網心あり」、近松の浄瑠璃には「網心あれば魚心」の形で出てきます。明治大正の辞書まで年代順に。

魚のことば
「腐っても鯛」の語源と初出を原本でたどります。1645年の『毛吹草』に載った直後、1646年に俳人・安原貞室が「聞いたことがない」俗語として批判していました。元禄の諺集、其磧・三馬の用例、明治大正の辞書の説明まで年代順に並べます。

魚のことば
ぐれるの語源はハマグリを逆さにした「ぐりはま」。1660年の俳諧に「蛤のぐりはま」があり、柳亭種彦が「訛ってぐれはま」と記し、辞書に不良の意味が載るのは1922年。原本画像でたどります。

魚のことば
うなぎのぼりの語源は、ウナギが手から抜けて上へのぼるからとも、川をのぼるからとも言われます。原本をたどると、江戸初期の京都では「うなぎの瀬のぼり」が子どもの遊びの名で、辞書が川をさかのぼる説を書くのは1910年でした。

魚のことば
「サバを読む」の語源は魚屋が数を急いで読んだから、と言われます。でも最古の用例は1687年の西鶴『男色大鑑』で、すでに年をごまかす意味。魚屋説が辞書に載るのは1927年です。原本画像でたどります。
魚と貝
真珠養殖の歴史は、明治二十三年の内国博覧会への出品から始まりました。半円真珠まで四年、特許から真円真珠までさらに十七年。大正十五年、帝国発明協会が「養殖真珠は本質上、天然真珠と異ならない」という結論を公表した報告書を、原本画像で読みます。

魚と貝
ナマコの口が裂けている理由は『古事記』に書いてあります。返事をしなかったので、天宇受賣命に小刀で裂かれた――江戸の食物百科『本朝食鑑』も、海鼠の項をこの話から書き起こしています。干したナマコの税や漁、いりこ作りまで原本画像で読みます。

魚と貝
金魚はいつ日本に来たのか。江戸の本を開くと『金魚養玩草』は文亀二年(1502年)、『大和本草』は元和年中(1615〜24年)と100年以上ずれます。古い年は「ある老人」の話で、それを書いた紙の日付は1707年。原本画像で読みます。

魚のことば
目黒のさんまの殿様は誰か。本によって違い、明治26年の修身教科書では名無しの「ある大名」でした。「さんまは目黒に限る」の由来を落語の速記より前までたどり、原本画像で確かめます。