
魚のことば
「尾ひれがつく」の意味と由来 江戸の作者は何の魚に掛けたか
「尾ひれがつく」の意味は、話が伝わるうちに大げさになること。自分で足すのが「尾ひれをつける」。由来を原本でたどると、1701年の浮世草子に、もう噂に「尾ひれをつけて」。江戸の作者たちは、この言葉をある魚たちに掛けて遊んでいました。

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「尾ひれがつく」の意味は、話が伝わるうちに大げさになること。自分で足すのが「尾ひれをつける」。由来を原本でたどると、1701年の浮世草子に、もう噂に「尾ひれをつけて」。江戸の作者たちは、この言葉をある魚たちに掛けて遊んでいました。

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「鯉口を切る」の意味と由来を原本でたどります。鯉口は刀の鞘の口。明治の『言海』は、その形を「橢圓ニシテ、鯉ノ口ヲ開キタルガ如シ」と説明します。全文検索でいちばん古い「鯉口を切る」は、明治17年の円朝『怪談牡丹燈籠』でした。

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「木に縁りて魚を求む」の意味と由来を原本でたどります。出典は『孟子』。ところが孟子は、木に登って魚を探すのは「魚が得られなくても後の災いはない」、王のやり方のほうがもっとひどい、と続けていました。

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「タコ配当」の意味と由来を原本でたどります。利益がないのに資本を削って配当すること。明治43年の本はもう「所謂蛸配当」と書き、由来の「蛸は食に困ると自分の脚を食う」を、はじめから「俚説」、言い伝えだと断っていました。

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「目から鱗」の意味と由来を原本でたどります。もとは新約聖書・使徒行伝の一節で、明治の聖書は「眼より鱗の如きもの」。明治40年には「吾々の眼の鱗」、明治43年の二宮尊徳の伝記には「目から鱗が落ちたよう」と、たとえとして出てきます。

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「イカサマ」の語源を原本でたどります。イカ墨で書いた証文は消える、という話は中国の古書にあり、江戸の学者も書き写していました。けれど江戸の「いかさま」は「なるほど」の意味。明治の辞書は、なるほどと思わせる偽物、と説明していました。

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「いなせ」の意味と語源を原本でたどります。漢字で「鯔背」、ボラの若魚イナの背。ところが幕末の『守貞謾稿』は「起原不詳」と書き、明治の辞書は「いなの頭」、大正の本は「鯔の背」と、説明が揺れていました。

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「鯖の生き腐れ」の意味と由来を原本でたどります。1820年、柳亭種彦は「世の常言」と書き、鯖を運ぶ早船を「生鯖船」と呼ぶと紹介。大正の化学の本は、細菌のしわざではないので悪臭が出ない、と説明していました。

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「亀の甲より年の功」の意味と由来を原本でたどります。1788年の絵本にはもう「世の諺」とあり、明治の辞書には「烏賊の甲より」「蟹の甲より」も。「功」は誤りで「劫」だ、と書いた辞書までありました。

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「水を得た魚」の意味と由来を原本でたどります。元は劉備の「孔明がいるのは魚に水があるようなもの」で、なくてはならない関係のたとえ。明治にフレーベルの「魚の水を得たるが如し」、今の語順は大正7年の有島武郎が最古でした。

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「鰻の寝床」の意味と由来を原本でたどります。江戸の本には見つからず、最古は明治20年の井上円了「鎗持の雪隠又い鰻の寝床と云ひ」。江戸の人は細長い家を鎗持の雪隠と呼び、昭和5年には京都の先斗町が「二百年来の鰻の寝床」でした。

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「逃した魚は大きい」の意味と由来を原本でたどります。江戸の本には見つからず、最古は明治26年の「釣落した魚は大きし」。明治の辞書は「死んだ子の容貌美し」と並べて未練の言葉と説明し、昭和の柳田国男は「無用の自慢だ」と書きました。